なぜスバル車は雪国で選ばれる?四駆性能が圧倒的に支持されるワケ

「四駆(AWD)」のイメージが強いスバル車は、雪国で高い評価を得ています。かつて、さまざまな駆動方式を模索していたスバルが、どのような経緯で四駆に力をいれるようになったのでしょうか。

なぜスバルは四駆に力を入れているのか?

 スバルと「四輪駆動(AWD)」は、いまでは切っても切れない関係となり、その販売比率何と9割を超える状況です。

 とくに雪国においてスバル車のシェアが高く、その四駆性能が豪雪地帯で信頼されているといいます。

雪道で頼もしい四駆性能を発揮するスバル車
雪道で頼もしい四駆性能を発揮するスバル車

 しかしスバルは、黎明期にさまざまな駆動方式を模索していました。

 検討と試作の結果、設計統括をおこなっていた伝説のエンジニア・百瀬晋六氏の結論は「フロントエンジン・フロントドライブ(FF駆動)」と「水平対向エンジン」という組み合わせでした。その組み合わせで誕生したのが、1966年に登場した「スバル1000」です。

 では、そこから四輪駆動はどのようにして生まれたのでしょうか。

 そのキッカケは1968年、「山間部の総電線の点検用に『ジープ並みの積雪地での走破性(=四輪駆動)』と『乗用車の快適性』を両立したクルマが欲しい」という東北電力からのあるお願いでした。

 当時、東北電力の用途に合った四輪駆動は三菱「ジープ」くらいでしたが、「燃費が悪い」、「幌なので暖房も効かず寒い」、「運転し辛い」など、走破性以外の部分は問題点ばかりだったのです。

 そこで東北電力が相談したのは富士重工業(当時)の販売店である「宮城スバル」でした。その理由は新車開発ではなく、「既存のモデルを改造してほしい」という依頼だったためです。

 宮城スバルにとって東北電力は大手客のひとつであり、「できる限り要望に応えてあげたい」という想いが強かったようですが、誰もやったことのない事例です。

 しかし、メカに詳しい整備課長が「やってみましょう」ということでプロジェクトがスタートしたといいます。

 スバル 1000をベースとし、FF駆動やエンジン/トランスミッションは縦置きというレイアウトを活かし、トランスミッションの後端にプロペラシャフトを繋ぎリアアクスルを介して後輪を駆動させることで四輪駆動化するという発想です。

 宮城スバルのメカニックは他社のパーツ(日産車の駆動系とサスペンション)を流用して試作をおこない、1台の試作車を完成させました。

 この試作車は豪雪地で知られる山形県の月山やスキー場で試験を実施。ジープとの比較もおこなわれましたが、東北電力のオーダー通りの仕上がりだったといいます。

 その後、この試作車は富士重工に持ち込まれ、プロジェクトを引き継ぐ形で開発が本格化。そして第18回東京モーターショーで「スバルff-1 1300バン4WD」として発表されました。

 しかし、ff-1はモデル末期だったこともあり、試作車が8台作られたのみ。5台はオーダーした東北電力、残りの3台は長野県白馬村役場、長野県飯山農業協同組合、防衛庁に納入されました。

 その後、ff-1の後継モデルとして登場したレオーネの追加モデル「レオーネ4WDエステートバン(1971年)」が「量産4WD」という意味では初となります。

 面白いのは、当時はメーカー自身も「作ってみたものの、乗用4WDの需要は本当にあるのか?」と懐疑的だったことです。

 それはユーザーも同じで「なぜ、乗用車に四輪駆動が必要なのか?」という人がほとんどで、「積雪地で乗るクルマ」というイメージばかりが先行して、販売は厳しかったといわれています。

 ちなみに、レース/ラリーとモータースポーツに世界で初めて4WDを導入したのはスバルで、とくにラリーでは1980年のサファリラリーに参戦していきなりクラス優勝を果たすなど4WDの優位性をアピールしました。

 1980年代は排ガス規制を乗り越えた日本車が大きく成長を遂げた時期ですが、スバルだけではその流れに乗ることができませんでした。いや、むしろ厳しい局面に立たされていたのが事実かもしれません。

 その一方で4WDにも変化が生まれました。当時の4WDといえば「切り替え式」が当たり前でしたが、1980年にアウディがフルタイム4WD(常時四駆)を導入し、そこから流れが大きく変わります。

 それは「悪路走行のためではなく、舗装路のための4WD」です。

 日本でもマツダ「ファミリア4WD(1985年)」を皮切りにトヨタ「セリカGT-FOUR(1986年)」、三菱「ギャランVR-4(1987年)」とオンロード向けの4WDが次々に登場しました。

 スバルもその流れに沿って1986年にレオーネ(3代目)にフルタイム4WDを追加しましたが、ライバルには全く歯が立たず。

 200馬力近いスペックを誇るライバルに対し、レオーネは1.8リッターターボでわずか135馬力。当時のエンジニアは「シャシのポテンシャルを考えると、135馬力以上に上げられなかった」と語っています。

 3代目レオーネは見た目こそ当時のトレンド合わせた物でしたが、中身はスバル 1000から基本設計が変わらないエンジン/プラットフォームで、設計の旧態化が上記のような問題を起こしていたのです。

 その結果、富士重工は他社による買収や倒産の危機まで報道されるほど厳しい局面に立たされていました。

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2件のコメント

  1. ×先見の目→○先見の明
    ×天下の宝刀→○伝家の宝刀

    • このたびはご指摘をいただき、誠にありがとうございます。
      修正いたしました。

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