なぜトヨタ「カムリ」日本でパッとしない? クラウン人気の陰に隠れても海外で人気な理由とは
北米市場で人気のトヨタ「カムリ」。国内市場では、「クラウン」の人気に隠れてパッとしませんが、なぜカムリは国内よりも北米で人気を得ているのでしょうか。
米国人の「クルマは故障する」イメージを変えたカムリ
トヨタのミドルサイズセダン「カムリ」は、現行型で10代目(国内では8代目)のモデルです。国内市場では、月間2000台前後を販売しているモデルで同社「クラウン」の陰に隠れてパッとしない印象ですが、北米市場で人気のセダンとなり、乗用車販売ナンバーワンの実績もあるクルマです。
カムリは、なぜ日本と米国では人気の差が大きいのでしょうか。
初代カムリが登場したのは1980年。当時スペシャリティカー「セリカ」のセダン版として、「セリカ・カムリ」の名前でデビューした小型FRスポーティセダンでした。
1982年に2代目が登場し、FRからエンジン横置きのFFに駆動方式が変わり、これを機会に「カムリ」という独立車種になりました。これが実質的な初代カムリといえるモデルです。
1970年代後半の米国では、1次・2次オイルショックやカリフォルニアから始まった排ガス規制強化により、ビッグ3といわれた米国の自動車メーカーは、商品開発のつまづきなどで経営難に陥っており、燃費や環境性能に優れた日本やドイツのコンパクトなクルマが売り上げを伸ばしていました。
カムリが米国に上陸したのも、ちょうどこの頃。1982年に登場した2代目が、翌1983年に北米市場へ輸出されます。それまで米国のベーシックとされたフルサイズセダンに比べ、カムリは実用的でコンパクトながら大人4人が楽に乗れて「燃費良し・装備良し・故障しにくい」と、徐々に米国のユーザーから評価され、販売台数を伸ばします。
コンパクトなボディとはいっても全長4400mm×全幅1690mm×全高1395mm、ホイールベースは2600mmと居住空間を確保したカムリは、米国でも合理的な消費者の目に新鮮なセダンに映ったようです。
当時、「自動車は故障する。修理工場に年中入院させるもの」だと思っていた米国人にとって、カムリは驚異的に丈夫なクルマだったようです。修理という厄介な問題からユーザーを解放したことが、カムリ成功の大きな要因でした。実用性十分だったカムリは、米国の合理的な考え方の中間層を中心にシェアを拡大していきます。
北米トヨタは、カムリが3代目にモデルチェンジした1986年の2年後、日米間の自動車貿易摩擦を回避するため、ケンタッキー州ジョージタウンで新型カムリの現地生産を開始。ここから北米でカムリの快進撃が始まります。
国内モデルと北米カムリは別々の道を歩みます。北米カムリは、徐々にイメージを変えて進化していきます。
とくに、1990年代になってホンダ「アコード」やフォード「トーラス」と米国乗用車販売首位を競うようになってから、カムリは北米市場を意識した商品開発を積極化。以後、北米カムリはトヨタ車のなかでいちばん大きなFFセダンとして歴史を刻んでいきます。
カムリだけでなく、アコード・マキシマ・トーラスなど、米国の量販車が日本でパットしない(しなかった)のは、昔から一般的。米国で売れないと問題だけど。もともと、クラウンと被って無いし。