世田谷区の「60年以上ストップした道路事業」なぜ? 収用、明け渡し、裁判…「前代未聞の泥沼化」の果ての「最終期限」のゆくえは
東京都世田谷区内で、道路が60年以上に渡って未開通のままになっている箇所があります。一体どのような道路で、なぜこのような事態になっているのでしょうか。
まさに「泥沼化」着工までの長い長い「立ちはだかる壁」とは
東京都世田谷区で、事業化から60年以上経っても開通していない道路があります。一体どのような道路で、なぜ開通に至っていないのでしょうか。

現場は、世田谷区経堂で整備が進められている「主要生活道路106号線」、通称「恵泉通り」です。
恵泉通りは、世田谷区の桜ヶ丘から船橋をつなぐ、区の南北移動を担う道路です。全長は1.5kmですが、途中のわずか112mだけ未完成で、道路はブツ切れ状態となっています。
主要生活道路106号線の事業化は1966年。それからすでに60年が経過していますが、最後の最後までこの区間が完成していないため、南北軸としてのポテンシャルは発揮できていません。事業化の年に生まれた住民が、すでに還暦を迎える段階となっているのです。
開通していない理由が、事業用地が確保できていないことです。
もともと東京都ではなく世田谷区が整備する道路事業ということで、リソースも限られているなか、ひとたび用地交渉が難航すれば、なかなか容易に解決に至れないという背景事情もありました。
それでも公共事業では「土地収用」という形で、正当な補償のもとに土地を取得できる制度があります(土地収用法)。「公共のために収用する必要がある」かどうかは、「事業認定」されることで、あらためて公にされることとなります。
通常は話し合いによる任意での用地取得が基本ですが、交渉が難航して「長期間」になった場合に、土地収用に向けた事業認定がなされることになります。一般的にはおよそ10年ほどかかると、このような手続きに入るケースが多くなっています。
ところが今回の恵泉通りの場合、事業認定に至ったのは2010年のこと。他にもまだ未開通区間があったとはいえ、すでに事業化から44年が経過していました。
当時は、事業化から数えて世田谷区長が3代目(熊本哲之区長)に入り、事業認定に対しても、区議会では「道路は安全安心のまちづくりの基本であるという熊本区長の強いリーダーシップのもと、組織を整備し、道路整備のスピードアップに取り組んでまいりました」と副議長に答弁されるなど、トップの強い意志が行政を動かし、状況打開につながったことが伺えます。
こうして2013年、当該土地は区の土地になりました。しかし、そこから住人が立ち退かなければ、家を取り壊して更地にすることはできません。そしてこのケースでも、住民は立ち退きませんでした。「生活再建についてのさまざまな御提案をするとともに、粘り強く事業に対する御理解を得るための努力」(区議会答弁より)が数年間続けられましたが、進展はありませんでした。
実はここでもう一つの手続き、東京都収用委員会による「明け渡し裁決」が必要になってきます。この採決が出たのは2017年。ようやく強制措置が可能となったのです。
しかし、これでもまだ終わりませんでした。住民は事業認定・収用裁決・明け渡し裁決のいずれも無効にすべきと、2016年に訴訟を起こしていたのです。最高裁までもつれこんだこの訴訟は2020年に「上告棄却」となり、住民の敗訴が確定しました。
土地収用、明け渡し裁決、取り消し訴訟、これらを乗り越えて、さらなる壁が立ちはだかりました。全世界を襲った未曽有の「コロナ禍」です。不要不急の外出が控えられる中、行政は動きを抑えざるを得ませんでした。すでに区長は事業化から4代目になっていました。
2022年の区議会で区長は「なかなか厳しい状況の報告を受けております」という漠然とした答弁で、事態は「ここに来て振り出しに戻った」ような雰囲気に。それでも毎年のように区議会で質問が行われ、「行政代執行」も視野に入ったなか、2026年に「地権者との合意があった」という報告が行われました。
しかし、9月に入っても、先行区画の着工の気配はありません。区議会議員の桃野芳文氏はブログで、顛末について区からの返答を紹介。住民から「天候不良により(略)期限までの引渡しが難しい」との申し出があったとして、更地化して引き渡す期限が9月末から10月末に延期されたといいます。
なお、土地がすべて引き渡されるのは「2027年3月末」まで。果たして「新たな想定外の事態」も無く悲願の着工に到達できるのでしょうか、まずはこの最終期限に無事引き渡しが終わるかどうかが、カギになってきそうです。















