トヨタが「164万円台」でこんなクルマを売っていた! ドアを開けば“スーパーカー気分”!? ガルウイング&ガラス張りのキャビンが大胆すぎる小型クーペ「セラ」とは!
トヨタが1990年に発売した「セラ」は、天井まで達するドアガラスによって、天候を問わずオープン感覚を味わえることを狙った、「和製“ミニ”スーパーカー」とでも呼べるほど超個性的な小型クーペです。どのようなクルマで、いつまで販売されたのでしょうか。
まるで「和製“ミニ”スーパーカー」!
バブル景気のさなかの1990年3月、トヨタは小型クーペ「セラ(SERA)」を発売しました。ドアガラスがルーフまで延びるガルウイングドアを採用し、こうしたドアを備えた国産初の量産車となっています。
狙いは、あらゆる天候下でオープン感覚を体験できること。屋根を開けるのではなく、ドアガラスを天井まで回り込ませてボディ上部をほぼガラスで覆うことで、“全天候型オープンカー”を目指しました。1987年の東京モーターショーに出品されたコンセプトカー「AXV-II」の生産型にあたります。

車名はフランス語で「~である」を意味する“etre”の未来形“sera”に由来し、未来に向けてはばたく夢のあるクルマとの意をこめて命名されています。ベースはコンパクトカーの「スターレット」(4代目・80系)で、生産はセントラル自動車が担当しました。
ボディサイズは全長3860mm×全幅1650mm×全高1265mm、ホイールベースは2300mm。乗車定員は4名です。
エンジンは、新開発の第2世代ハイメカツインカム「5E-FHE」型1.5リッター直列4気筒DOHCで、最高出力110PS・最大トルク約132Nmを発生します。5速MTまたは2ウェイオーバードライブ付4速ATを介して前輪を駆動し、車両重量は代表仕様の5速MT車で890kgでした。
ドアは、ルーフ前端の中央付近とAピラーの根元近くの2点を支点として、斜め前上方へ開く構造です。開口部の地上高は通常のドアと同等で、全開にしてもボディ側面からの張り出しは小さく抑えられていました。
大型のドアを支える油圧ダンパーには温度補償機構が組み込まれ、気温が変わっても開閉に必要な力が一定に保たれる仕組みです。
ボディは丸みを帯びた球面的なスタイリングで、外板の生産には液圧プレス成形法を含む新しいプレスシステムが導入されました。セラのフロントフェンダーでは、成形工程が従来の5工程から3工程に短縮されています。
室内には、Tバー部に格納できるサンバイザーや、ドアガラスの天井部分を覆う脱着式のルーフサンシェードを用意。全車にオートエアコンが標準装備されました。
オーディオでは、ARW(音響共振ウーハー)を含む10スピーカーとDSP(デジタル信号処理装置)を組み合わせた「セラ スーパーライブサウンドシステム」を設定。臨場感を高めることを狙った装備とされています。
グレード構成は基本的にモノグレードで、スーパーライブサウンドシステム装着車を選ぶことができました。生産されたセラの大半は、AT車だったとされています。
1991年には、イタリアの「トリノ・ピエモンテ・カー・デザイン賞(Torino-Piemonte Car Design Award)」で量産車部門の1位を獲得。トヨタは、先進的なスタイルと実用性の両立が評価され、発売当初は初めてクルマを購入する層から支持を集めたと説明しています。
1990年3月の発売時の価格は、当時の消費税3%を含めると、東京地区で5速MT車が164万8000円、4速AT車が172万5250円でした。スーパーライブサウンドシステム装着車は、5速MT車が186万180円、4速AT車が193万7430円です。販売はトヨタオート店とトヨタビスタ店が担いました。
発売後は改良が重ねられています。1991年5月にはボディカラーを全6色とし、キー抜き忘れ警報装置や新しいシート表皮を採用。1992年6月にはボディカラーを再び見直すとともに、サイドドアビームと電気式ドアロックを標準装備し、運転席エアバッグとリア3点式シートベルトをオプション設定しました。1993年12月にはエアコンの冷媒を変更し、リア3点式シートベルトを標準装備しています。
販売台数は、発売初年度の9665台に対し、翌1991年は3737台だったとされています。セントラル自動車での生産は1995年12月に終了し、累計生産台数は1万5941台。販売期間は1990年3月から1996年1月まででした。
販売が伸び悩んだ背景には、ガラスに囲まれたキャビンで室内の温度が高くなりやすかったことや、ガラスの重さが燃費の悪化につながったことなどがあったようです。直接の後継モデルは登場せず、セラは1代限りで姿を消しました。
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ルーフまで回り込むドアガラスとガルウイングドアで、屋根を開けずに“オープン感覚”を味わえるクルマを目指したセラ。
後継を持たないまま生産を終えたものの、「和製“ミニ”スーパーカー」とでも呼べるほどに超個性的な小型クーペとして、いまもなお記憶に残る1台となりました。





























