5800万円! 元祖ランボルギーニV12はGTカーだった! フェルッチオが目指したクルマとは

ランボルギーニ「アヴェンタドール」のファイナルモデル「LP780-4 Ultimae」が発表されたが、純粋にV12をパワーソースとするクルマはこれが最後となる。そこで、ランボルギーニが初めてV12を搭載したモデルを紹介しよう。

ランボルギーニの創始者フェルッチオは、実は完璧主義者だった!?

 1963年のトリノ・ショーで、「350GTV」とともに自動車メーカーとしての鮮烈なデビューを飾ったランボルギーニ。ブースに飾られたフランコ・スカリオーネによる流麗なボディ、そしてフロントにV型12気筒エンジンが搭載されているといわれた350GTVは、このショーで大きな反響を呼んだ(実際にはサイズの問題でエンジンルームに搭載できなかったV型12気筒エンジンを、フェルッチオはもちろん誰にも見せることはなかった)。

 しかし、350GTVのフィニッシュに不満を持っていたフェルッチオは、会期途中でその出展を取り止めると、サンタアガタ・ボロネーゼの本社へと350GTVを持ち帰り、改良作業を指示したのだった。

247台が生産された「400GT 2+2」のなかで、70番目にサンタアガタ・ボロネーゼの本社工場からデリバリーされた個体(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's
247台が生産された「400GT 2+2」のなかで、70番目にサンタアガタ・ボロネーゼの本社工場からデリバリーされた個体(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's

●フェルッチオが本当に作りたかったクルマとは

 改良の範囲は多岐にわたった。まずボディデザインでは、ホイールベースの延長と、よりフラットなルーフラインの採用で、実用性の高いものに見せなければならなかった。

 フェルッチオが創業時から考えていたのは、フェラーリに匹敵する高性能GTであったので、そのコンセプトを全面に押し出したボディデザインがどうしても必要不可欠だったのである。

 一方のV型12気筒エンジンは、フェラーリを離脱したジョット・ビッザリーニの設計であったが、こちらもレーシングエンジンの如く、低速域で扱うには非常に難しいエンジンだった。

 新たに組織されたチームはボディ側がベルトーネ、エンジン側は若くしてランボルギーニに入社していたジャン・パオロ・ダラーラとパオロ・スタンツァーニを中心とするものだった。

 そして1964年に完成したのが、事実上ランボルギーニのファーストモデルとなった「350GT」である。

 まず排気量を3.5リッターのまま、低中速トルクの拡大を実現したV型12気筒DOHCエンジンが誕生。そしてベルトーネ製のボディに搭載し、新たに350GTとネーミングされて1966年のジュネーブ・ショーで初公開される。

 ランボルギーニ、さらには350GTの名声は、すぐに世界のVIPへと届くことになるのだ。

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