福島第一原発“至近”を通る「路線バス」とは? 震災15年半で車窓から見えた「新しい街」と「帰還困難区域」のコントラスト 新常磐交通の「いわき〜浪江間」を乗り通す 〜果てなき路線バスの旅〜
知らない道路をひたすらたどり、ふだん行くことのない街の素性を知り、そして見たことのない景色に出会える。それが「路線バスの旅」の魅力です。今回は新常磐交通のうち、震災の影響が今も残る、いわき駅から浪江町にかけての2路線に乗ってきました。
放射線量が高いエリアを通る「富岡浪江線」
常磐線の列車に揺られることおよそ20分。浪江町の浪江駅に到着しました。
次に乗るバスは46系統「富岡浪江線」のFH2R発・富岡駅行で、始発バス停のFH2Rから乗りたいのですが、徒歩移動では間に合わないため、浪江駅近くのバス停「権現堂元町」から乗ることにします。権現堂元町の近くにはまたしても道の駅「なみえ」があり、バスもここに止まります。
いわき駅からFH2Rまで、ずっとバスを乗り通せば、計3個所もの道の駅めぐりができます。
ちなみにFH2R(福島水素エネルギー研究フィールド)は、世界最大級の水素製造施設で、原子力や化石燃料に頼らない水素社会の実現に向けて、福島復興のシンボルになるべく整備されたものです。
このFH2Rから富岡駅までを結ぶ46系統富岡浪江線は、やはりさきほど乗ったいわき富岡線に匹敵する約40km弱のロングラン路線となります。
11時3分、権現堂元町にバスが来ました。首都圏ではすっかり見かけなくなった中型ロングの車両(日野「レインボーHR」)で、調べるとどうやら元々は都営バスにいた車両のようで、遠く離れた福島の地で地元を支えています。
![浪江町の「権現堂元町」から新常磐交通「富岡浪江線」の富岡駅行に乗る[2026年9月17日/くるまのニュース編集部撮影]](https://kuruma-news.jp/wp-content/uploads/2027/10/20261013_joko_iwaki_namie_041.jpg?v=1791884081)
車窓から見える浪江駅周辺は、まだまだ再建が続いています。震災直後は被災した家屋も多数あったものの、現在は取り壊しが進んでおり、更地になった土地が目立つ状況です。浪江駅も完全にリニューアルされるようで、全く新しい街に生まれ変わろうとしています。
浪江町にさようならを告げると、国道6号を経て次は双葉町に入ります。最初のバス停は双葉駅前でこちらは駅を含め、すっかり新しい景色が広がっています。
双葉町は地震・津波と原発で大きな被害を受けた町で、今も町の大部分が帰還困難区域となっています。2022年に入ると、徐々に避難区域が解除されはじめ、12月にはさらに避難指示が解除される見通しのエリアもあるなど、新たに人が住める範囲が広がっています。
そして駅前から国道6号までの道には、新しい飲食店の施設「MEMEGURU FUTABA」がことし3月にオープンしたばかり。居酒屋や串焼き屋、カフェが入居しており、バスからも真新しい飲食店が確認できます。これを機に、きっと双葉町を訪れる人が増えてくれるはずです。
再び国道6号を南下していきます。双葉町の東南部は先ほどとは違い、放射性廃棄物の中間貯蔵施設があることから、永続的に帰還困難区域となっています。バスの車窓からは「この先 帰還困難区域につき 通行制限中」と書かれた看板があり、特に原発事故の影響が残っている地域です。
富岡浪江線の路線ルートから少々外れた6号の道路上には、その地点の放射線量を示す線量計が設置されています。あとでクルマで通ってみると、「0.980μSv(マイクロシーベルト)/h」と、高い線量であることがわかりました。
もちろんこのエリアにバスは入りません。ただ単に付近を車窓から通り過ぎるだけですが、「帰還困難」と赤字で書かれている看板を目にすると、なんともやるせない気持ちにさせられます。
しかし、バスに乗っていると尋常ではない数の大型トラックやダンプカーとすれ違うことに気づきます。15年半経過後もなお、復旧・復興に向けて関係者が奮闘している最中であり、一歩ずつではあるものの、確実に前進しているところです。帰還困難区域の看板を見ただけで、しょぼくれてはいけません。
人が住めるまでには相当の年月が必要ですが、再建した街とともに、制限なく自由に出入りできることに期待したいです。
![富岡駅に到着した新常磐交通「富岡浪江線」[2026年9月17日/くるまのニュース編集部撮影]](https://kuruma-news.jp/wp-content/uploads/2027/10/20261013_joko_iwaki_namie_059.jpg?v=1791884043)
原発に最も近い「中央台」交差点を過ぎると、すでに南側の大熊町に入っています。「大熊スクリーニング場」などの原発関連設備を目にしたあと、最初のバス停はJR大野駅前です。
大野駅もすっかりきれいな駅舎に建て替わっており、2025年3月にはショッピングモール「クマSUNテラス」と産業交流施設「CREVAおおくま」がオープン。先ほどの双葉駅と同じく、こちらもラーメン屋や文具店などが入り、これからの活気に期待です。
街の玄関となる大野駅前を通過すると、大熊町役場、夜ノ森駅周辺を通過。やがて「次は終点、富岡駅前」のアナウンスが聞こえました。はじめに乗ったバスの終点、富岡駅に再び到着です。ここまで乗客は編集部員1人。途中のバス停からも誰も乗ってきませんでした。
![浪江町を走る新常磐交通の車両[2026年9月17日/くるまのニュース編集部撮影]](https://kuruma-news.jp/wp-content/uploads/2027/10/20261013_joko_iwaki_namie_065.jpg?v=1791884032)
再び、利用状況を運転士さんに聞きました。
「このあたりは田舎なので、住民のほとんどが自家用車頼りですね。バスを使う方となると、免許を持っていないお年寄りの方とか、高校生になるんですが、この富岡浪江線は沿線に高校がないんですよ。震災と原発事故の影響で休校しちゃったんです。それで利用者もだいぶ減っちゃっているということなんです。
ですから、いわき方面に避難して、こちら(大熊・双葉・浪江方面)に勤めている方などが主に利用してくれますね。朝は5人くらい固定の利用客がいます」
徐々に人が戻ってきているからか、固定の乗客がいるようです。特にいわき駅と浪江駅の間は常磐線の本数も少なく、また大熊町役場などは駅からも離れているため、このバスが頼りになっているようです。
続けて、運転士さんは富岡浪江線の今後について話してくれました。
「10月のダイヤ改正では、復興祈念公園とか浪江町の請戸小学校を回るようになりますよ」
取材で乗ったのはダイヤ改正前の9月17日でしたが、ことし10月のダイヤ改正で、浪江駅と双葉駅の間にある「震災遺構 請戸小学校」と「福島県復興祈念公園」を経由するようになりました。
震災の記憶を残す大切な場所を経由することになり、このバスの利用客も増加するかもしれません。運転士さんは「それで利用客が増えてくれたらと思います」と語ってくれました。
ダイヤ改正後は電車との乗り継ぎも改善されたということで、新ルートの富岡浪江線を次回、もう一度乗ってみようと思います。
※ ※ ※
いわき駅から浪江町までの新常磐交通「いわき富岡線」と「富岡浪江線」は、震災発生から長い月日を経てもなお、まだまだ復興道半ばの景色、そして新しく動き出した街の景色を両方知ることができます。今見えている景色も、1年後には一変している可能性も十分にあります。
15年半という時間が経過した今、徐々に震災の記憶は忘れられる危機に瀕しています。そんな今、この2路線を乗って、当時の悲惨な出来事と未来に向かっての歩みを、バスの車窓から眺めて見てはいかがでしょうか。
バス旅で必要なのは、ちょっとの勇気と思い切り、そして運賃だけ。整理券を手に取り、シートに腰をかければ、知らない地名のアナウンスとともに、見たことない景色が車窓に映ります。
旅に出るのに、あえての「路線バス」という選択。ぜひ一度、いわき駅からの完乗をチャレンジしてみてください。
Writer: くるまのニュース編集部
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