世界的な自動車メーカーでありながら、同時に二輪車メーカーとしてもトップブランドの一角を占めるスズキ。

　四輪と二輪の双方で大規模な事業を展開している稀有な存在ですが、その強みを最大限に活かしたユニークな限定モデルが、かつて欧州市場で販売されていました。

　そのモデルこそ、スズキの二輪車ラインナップにおいて伝説的な地位を確立している「KATANA（カタナ）」の名を冠したSUV「ビターラ カタナ」です。

　2019年にイタリアで開催された「トリノモーターショー2019」にて世界初公開されたこの特別なクロスオーバーSUVは、単なる名称の流用にとどまらず、ブランドの象徴であるスポーツバイクの世界観を四輪車へと落とし込んだ意欲作でした。

　ベースとなった車両は、スズキがグローバル展開するコンパクトSUV「ビターラ」。かつて日本では「エスクード」の名称で親しまれてきたモデルであり、本格クロスカントリー4WDからクロスオーバーSUVへと、時代の変化に合わせた進化を遂げています。

　2014年に登場した現行型の4代目ビターラは、高い悪路走破性と洗練された走行性能を両立させ、スズキの屋台骨を支える基幹車種の一つとして世界各国で販売されています。

　そんなビターラに「カタナ」の名が与えられた背景には、二輪車の方の新型カタナの復活劇がありました。

　1980年代に一世を風靡したGSX1100Sカタナの衝撃的なデザインを現代の技術と解釈で蘇らせた新型カタナが2019年にデビューし、世界中のライダーを熱狂させました。

　この歴史的な復活を記念し、スズキの四輪部門が二輪部門へのオマージュとして企画したのがビターラ カタナだったのです。

　そうして開発された限定車は、イタリア市場向けに100台、続いてオーストリア市場向けに100台という極めて少数が販売されましたが、それぞれの市場に合わせてパワートレインの仕様が異なるなど、マニアックな作り分けがなされています。

　まず2019年11月に発売されたイタリア仕様では、1リッター直列3気筒直噴ターボエンジンを搭載し、トランスミッションには6速MTを採用。駆動方式は前輪駆動（FF）と全輪駆動（AWD）から選択可能とされ、欧州車らしい軽快なパッケージングが特徴でした。

　一方、翌2020年9月に登場したオーストリア仕様では、より強力な1.4リッター直列4気筒ターボエンジンにマイルドハイブリッドシステムを組み合わせ、駆動方式は全輪駆動のみとするなど、環境性能と力強さを重視した構成が採られました。

　エクステリアのデザインは、両モデル共通して「カタナ」の持つ鋭い切れ味と金属的な質感を表現。ボディカラーには「グレー・ロンドン」と呼ばれる専用のグレーメタリックを採用し、ルーフをブラックアウトした2トーンカラーとすることで、引き締まった印象を強調しています。

　さらに、フロントグリルやバンパーの一部に「刀」のロゴやアクセントカラーとして用いられるレッドの差し色を配することで、無機質なグレーの中に情熱的なスポーツマインドを表現しました。

　足元にはサテンブラック塗装が施された専用アルミホイールを装着し、サイドステップやホイールアーチモール、リアロアバンパーにもブラックの意匠を採用することで、ベースモデルのビターラが持つカジュアルな雰囲気を払拭し、アスリートのような筋肉質な佇まいを実現しています。

　そしてCピラーには、日本刀と「刀」の文字を組み合わせたカタナの象徴的なエンブレムが誇らしげに掲げられ、このクルマがただの特別仕様車ではないことを静かに主張しています。

　このように二輪と四輪の双方を知り尽くしたスズキだからこそ成し得たこのコラボレーションモデルでしたが、残念ながら日本市場に導入されることはありませんでしたが、そのコンセプトは日本のファンにも形を変えて提示されています。

　2020年1月に開催された「東京オートサロン2020」において、スズキは「スイフトスポーツ」をベースに同様のカスタマイズを施したコンセプトカー「スイフトスポーツ KATANAエディション」を参考出品しました。

　ワイドフェンダー化された迫力あるボディにカタナの意匠を散りばめたこのモデルは市販化こそされませんでしたが、ビターラ カタナと同様に、スズキが持つ「二輪・四輪の垣根を超えたブランド力」を象徴する存在として、多くのファンの記憶に刻まれています。