エンジンなき「スバル車」はどんな車に? “EV時代”でも全く心配なし? ”エンジンの火”も消さない最新の開発状況とは【前編】

自動車業界に電動化の波が押し寄せるなか、「水平対向エンジンを持たないBEVで、スバルらしさは保てるのか?」という疑問を抱く方は少なくないでしょう。しかし、その不安は杞憂に終わるでしょう。スバルの技術拠点(SKC)で明かされたのは、組織の壁を打破する「大部屋開発」と、次世代BEVや新エンジンに向けた革新技術の数々でした。完全に“覚醒”したスバルの現在地と未来を山本シンヤ氏がレポートします。

スバルは完全に“覚醒”した? 次世代BEV開発の全貌

 水平対向エンジンと左右対称に配置されたシンメトリカルAWD。スバルを語るうえで、この2つの強烈なアイコンは長年“聖域”のように扱われてきました。 

 しかし、自動車業界全体に電動化の波が押し寄せる現代、多くのスバリストやクルマ好きがひとつの疑問を抱えています。「エンジンもプロペラシャフトもない純粋なBEVの時代になったとき、スバルはスバルらしい走りを保ち続けられるのか?」と。

 次世代BEV開発の現在とは(写真は開発中の試験車)
次世代BEV開発の現在とは(写真は開発中の試験車)

 今回、栃木県にあるスバル研究実験センター(SKC)で開催された技術取材会で、その答えとなる「次世代BEVの要素技術」と、できあがったばかりの「技術検証台車(試作車)」を直接肌で体感する機会を得ました。

 結論から言いましょう。まったく心配はいりません。それどころか、スバルは完全に“覚醒”したと断言できます。現場で公開された緻密な革新技術の数々から、スバルの確固たる未来を紐解いていきます。

縦割りの壁をぶち破る「大部屋開発」の衝撃

 スバルの技術を深掘りする前に、まず知っておくべきは「スバルの開発現場の特異性」です。昔から1人のエンジニアが自らCAEを回し、図面を引き、試作に立ち会い、現場現物でリアルな台上・実車試験まで担当します。

 現象を物理に落とし込み、手触り感を持って開発を進めるため、エンジニア1人ひとりの守備範囲が非常に広いのがスバルの伝統であり、大きな強みでした。

 ところが、会社が成長し、法規や安全要件、電子制御が高度化していくにつれて、小さな会社なりに組織が細分化していきました。すると、担当部署ごとに細かいマイルストーン管理(評価指標の〇埋め作業)に追われ、それぞれの組織が「領域ベスト(部分最適)」を目指すようになっていったのです。

試験車の開発メンバー
試験車の開発メンバー

 安全担当は「衝突安全のためにとにかく頑丈にしたい」と骨格づくりを行ない、操安担当は「曲がるためにしなやかに力を逃がしたい」と主張する。互いのこだわりがぶつかり合い、部署の境界線で手戻りや調整に膨大な時間を費やす。

「隣の庭を掃かない」ような縦割りの壁が、いつの間にかスバルの開発スピードを鈍らせていたのです。

 その反省から生まれたのが、今回の「大部屋開発」でした。全部門のエンジニア、さらにはサプライヤーまでもが大部屋のように集結。細分化した組織の壁をぶち破り、全員が同じ画面を囲んでリアルタイムで課題を突き合わせるようにしたのです。

「クルマ1台として何がベストか」をその場で判断できる環境を取り戻したことで、スバル本来の強みである「マルチに動けるエンジニアのポテンシャル」が何倍にも解き放たれることになったのです。

 この大部屋開発の思想が象徴的に現れているのが、パワートレインの開発体制です。

 自動車メーカーによっては、「旧来のエンジン開発部隊」と「新設されたBEV/モーター開発部隊」が社内で分断され、予算や人員の取り合い、さらには思想的な対立に発展してしまうケースを耳にすることもあります。

 しかし、スバルでは、内燃機関(エンジン)の開発も、BEV用のモーターやバッテリーの開発も、同じひとつのパワートレイン開発部隊が受け持っています。そこにあるのは、新旧技術の対立などではなく、エンジニア同士の深い「共感」とリスペクトです。

 電動化も内燃機関も、目指す頂点は「スバルらしい安心と愉しさの提供」という同じ山の頂。同じ部隊が両輪を本気で回しているからこそ、双方の技術が反発することなく、相乗効果を生み出しながら猛スピードで進化しているのです。

水平対向がないメリット…新骨格と「超低重心」の実現

 大部屋開発の変革から生まれた大きな成果が、車体骨格に対するアプローチの劇的な進化です。スバルがSGP(スバル・グローバル・プラットフォーム)の先に見据える次世代車体骨格のコアが、新思想「ダイナミック・スティフネス(動的剛性)・コンセプト」です。

 従来のボディ開発は、静的な「曲げ剛性」や「ねじり剛性」の数値をいかに高めるかという点に目が行きがちでした。

 しかし硬すぎる骨格は突っ張り感を生み、路面からの入力を逃がせず、狙った通りの滑らかな挙動を示さないことも。そのため、スバルでは剛性よりも剛性バランスにこだわってきました。

 今回はその流れを踏襲しながらも、次のステップに踏み込んでいます。具体的にはステアリングを切った瞬間の入力がフロントタイヤからボディ、そしてリヤタイヤへと伝わる「力の流れ(エネルギー伝達)」を時間軸で緻密に可視化。

 その結果、リヤへエネルギーが流れる時間を従来比で約30%短縮し、必要なエネルギーは素早く正確に伝えつつ、不要な歪みはしなやかに逃がすという、極めて連続性のある動的骨格を構築したのです。

 これを具現化するために活用されたのが、コンピューターが導き出す無駄のない骨格構造「トポロジー解析(最適化計算)」とマルチロードパスの進化です。

 実はここで「水平対向エンジンがないこと」が巨大なメリットを生み出しています。これまでのスバル車は、幅の広いボクサーエンジンを搭載するためにフロントの骨格レイアウトに一定の制約がありました。

 しかしBEV基盤ではその制約から解き放たれ、アッパーフレームを最も効率の良い直線的な配置で大幅に強化できるようになり、一般的なタワーバーレベルを遥かに超えた強固な連結構造が実現したのです。

 さらに、1枚の鋼板から大型パネルを成形するホットプレス一体成形技術によって構造の結合部(継ぎ目)を大幅に削ぎ落とし、剛性を飛躍的に高めながら、車体全体でマイナス100kgをターゲットとする徹底した軽量化を両立させています。

 床下に敷き詰められるバッテリーパックとモーター(eAxle)にも、スバルならではの変態的とも言えるこだわりが息づいています。

 パナソニックエナジーと共同開発された円筒形バッテリーセルを高密度に配置した次世代バッテリーパックは、後席足元スペースや補機類の集約をミリ単位で突き詰めることで、パック自体の薄型化を徹底(従来比-25%)。

 従来の「BEVは床下に重いバッテリーを積むから勝手に低重心になる」という次元を軽々と飛び越え、まさに「超低重心」と呼ぶべき驚異的なパッケージングを実現しています。

 この薄型フロアのおかげで、SUVだけでなく全高の低いスポーツセダンまで柔軟に対応できるプラットフォームとなり、クラストップレベルの空力性能をも手に入れました。

 その床下から前後輪へと駆動力を送り出すのが、AISINと共同開発された高出力かつコンパクトな前後独立モーターにもこだわりがあります。これまでのプロペラシャフト付のAWDで培ってきた安定感と、プロペラシャフトを介さない前後完全独立制御だからこそできる後輪主導のダイナミックな駆動配分を、ミリ秒単位で自在にコントロールすることが可能にしているそうです。

衝突安全と運動性能を両立する独創の「落とし込み構造」

 そして、筆者が感心したのが「衝突安全」に対する回答です。 BEVは重く硬いバッテリーを床下に積むため、前面衝突時の衝撃をいかに吸収するかが極めて重要になります。安全を絶対に妥協しないスバルは、前面衝突時にフロントモーター(eAxle)を固定マウントから切り離し、回転させながら下方向へ滑り落とす独創的な「落とし込み構造」を新開発したと言います。

独創的な「落とし込み構造」を実現
独創的な「落とし込み構造」を実現

 モーターという巨大な金属の塊がキャビンやバッテリーに突き刺さるのを防ぐと同時に、モーターが下に逃げることでフロント部に広大なクラッシュスペース(変形ストローク)が生まれます。

 これにより、トップレベルの衝突安全性を確保しながら、今までのスバルでは実現不可能だったフロントオーバーハングも極限まで短縮させています。

手の届く価格で“先回り”する次世代「アイサイト」

 クルマの運動性能と安全性能を司る“頭脳”も根本から刷新されています。スバルの代名詞である運転支援システム「アイサイト」は、これまでもステレオカメラによる高い認識性能を誇ってきましたが、次世代に向けてさらなる飛躍を遂げようとしています。その中核となるのが、ステレオカメラの画像認識と最先端のAIの高度な融合です。

 これまでのアイサイトが約35年にわたって積み上げてきたステレオカメラによるルールベースのアルゴリズムに加え、車両や歩行者、自転車といった物体認識の特徴量をAIモデルに学習させることで、従来の認識が困難だった複雑なシチュエーションでも的確に物体を捉えられるよう進化しています。

アイサイトもさらに進化!
アイサイトもさらに進化!

 さらに、アクティブレーンキープ機能などの経路認識においてもAIモデルの適用が進められており、群馬だけでなく渋谷にある「SUBARU Lab」のエンジニアたちが自らリアルワールド(実環境)の道路を走り込み、膨大なデータを集めてアノテーションと学習を繰り返すことで、圧倒的な信頼性を追求しています。

 この高度なAI推論や車体運動制御を支えるハードウェアとして、スバルはAMD製の高性能SoC(システム・オン・チップ)を採用しています。

 ここで注目すべきは、スバルの確固たるコスト思想です。現在、自動運転や知能化を競うテスラや中国の新興メーカー勢は、巨大な電力と発熱を伴う超高価なトップエンド半導体を惜しげもなく積み込み、力づくで性能をアピールしています。しかし、そんなことをすれば車両価格は跳ね上がり、一部の富裕層向けになってしまいます。

 かつて「ぶつからないクルマ?」のキャッチコピーとともに、誰もが買える約10万円という驚異的な価格でアイサイトを市場に解き放ち、全車展開して社会の安全を一気に底上げしたように、この知能化技術も「誰もが手の届くアフォーダブルな存在」でなければ意味がありません。

 だからこそスバルは、高価なチップを買ってくるのではなく、AMD社と協業して標準的な半導体をベースに自前で徹底的にカスタマイズ。更に水冷ではなく空冷ファンで冷却できるコンパクトかつリーズナブルな車載ユニットを作り上げました。

 しかも、賢さは一級品です。従来の電子制御は、車輪が滑ってからVDCが介入する「後追い制御」でした。しかし統合ECUでは、アイサイトのカメラが見た前方の路面やカーブの情報を、車体運動側の制御システムがリアルタイムで共有。「この先は滑りやすい」と判断すれば、車がコーナーに進入する前に先回りしてサスペンションの減衰力や前後トルク配分を最適に構えるという、プロドライバーのような協調制御も可能にするそうです。

「エンジンの火も消さない」熱効率50%への執念

 今回の台車とは別ですが、次世代の内燃機関開発にも並々ならぬ熱量が注がれています。それが世界トップレベルとなる熱効率50%を視野に入れた新世代水平対向エンジンです。

 スバルが得意とする過給(ターボ)技術と、ショートストロークながら強い筒内流動(タンブル流)を生み出す燃焼室設計を極限までブラッシュアップ。3次元燃焼解析を駆使して均質な混合気をシリンダー内に形成し、困難とされる希薄燃焼と高圧縮比を見事に両立させています。

 日常の常用域では驚くほどの超低燃費を発揮し、ひとたびアクセルを踏み込めばスバルらしい豊かなトルクと気持ちのいい吹け上がりを堪能できるユニットになるように、ベンチで開発が続けられています。

 担当エンジニアは、目を輝かせながらこう語ってくれました。「正直、世の中が電動化一色になるなかで、まさかこの時代に自分たちの手で『新しいエンジン』をつくれるとは思っていませんでした。だからこそ今、現場は今まで以上にやる気が出ています!」

 技術者が自らの仕事に誇りを持ち、心からワクワクしながら図面を引いている。カーボンニュートラル燃料時代をも見据えたこの新エンジンからは、「BEVも本気でやるが、スバルの魂であるエンジンの火も絶対に消さない」という開発陣の歓喜と凄まじい執念が伝わってきました。

 このように次世代に向けて圧倒的な武器を手に入れたスバル。では、大部屋開発とこれらの要素技術から組み上げられた試作車は、実際のテストコースでどんな走りを見せたのか…のちに公開される後編では、超低重心BEVの驚くべき試乗インプレッションとリアルな課題、そしてエンジニアたちに起きた“青の覚醒”の真髄に迫ります。

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Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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