“日本式城郭”としては最北!! 津軽海峡と向き合い続けた松前藩最後期の拠点「松前城」をバイクで訪れた
北海道南西部、津軽海峡を望む松前町に、松前藩の本拠だった「松前城」があります。「福山城」とも呼ばれるこの城は、幕末の海防を目的に築かれた日本最北の日本式城郭です。スーパーカブで城へ向かい、城内を散策しました。
幕末に築かれた海防の城
北海道の城跡と聞くと、函館の「五稜郭(ごりょうかく)」を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし道南の歴史をたどるうえで外せないのが、北海道松前郡松前町にある「松前城(まつまえじょう)」です。
松前町は北海道の南西端に位置し、津軽海峡を挟んで青森県側を望む場所です。函館方面から日本海側へ回り込むように走ると、海沿いの道の先に、かつて松前藩の中心だった城下町が見えてきます。
「松前城」は「福山城(ふくやまじょう)」とも呼ばれます。もともとこの場所には、松前藩の政庁である福山館(ふくやまだて)が置かれていました。
松前藩は、本州の多くの藩のように米の石高だけで成り立つ藩ではなく、蝦夷地(えぞち)との交易や北方警備を担う、きわめて特殊な立場にありました。
資料館に展示されていた「大名武鑑(だいみょうぶかん)」にも、松前家の領地は「蝦夷地一円」、石高は「無高」と記されており、松前藩の性格をよく物語っています。
この城が大きく姿を変えるのは幕末です。日本近海に外国船が現れるようになると、幕府は北方の守りを重視するようになります。
嘉永2年(1849年)、松前崇広(まつまえたかひろ)は幕府から福山館の新城築城を命じられます。展示の解説によれば、その背景には日本近海で外国船の出没が問題となり、津軽海峡周辺の海防を固める必要があったそうです。
ただし、松前藩が最初から新城築城に前向きだったわけではありません。松前は交易経済の中心であり、松前家ゆかりの墓所もある土地でした。箱館(現在の函館)方面へ城を移し、城下町ごと移転するには莫大な費用もかかります。そのため松前藩は、福山館を改修・補強する案を示し、最終的に福山館の拡張案が採用されたとされています。
設計には、高崎藩の長沼流軍学者・市川一学(いちかわいちがく)が関わりました。嘉永3年(1850年)に着工し、安政元年(1854年)に完成した「松前城」は、日本最北に位置する、最後期の日本式城郭として知られています。
海に近い立地にありながら、堀、石垣、門、天守を備えた城郭として整えられたところに、幕末の海防意識が表れています。
まず目を引くのは、白壁の天守です。現在の天守は昭和35年に再建された復興天守で、内部は松前城資料館になっています。
展示室には松前藩の成立、福山館の改修、「松前城」の築城、そして幕末の動きに関する資料が並び、「館城跡(たてじょうあと)」へと続く歴史を理解できます。
一方、本丸御門(ほんまるごもん)はこの城で唯一現存する建物です。昭和24年の火災で旧天守などは焼失しましたが、本丸御門は焼失を免れました。現在は国の重要文化財に指定され、再建天守とともに松前城を象徴する存在となっています。

城内を歩くと、津軽海峡を望む立地がよく分かりました。天守周辺からは海を見渡すことができ、条件が良ければ対岸の青森県側も望めます。
江戸時代の松前藩主も、参勤交代などでこの海峡を渡りました。現地の解説板にも、風や潮を待ちながら海峡を越えた記録が紹介されており、「松前城」が海と深く結びついた城だったことを実感します。
石垣も見逃せません。展示によれば、城の石垣には松前町内産の緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)が使われているそうです。
その石材を切り出した場所が、城の北側にある神明石切り場跡(しんめいいしきりばあと)です。石を切り出し、運び、積み上げる。そうした城づくりの工程を知ると、目の前の石垣が、松前の地形と資源を利用して築かれたものだと分かります。
また、「松前城」は桜の名所としても知られます。城内には多くの桜が植えられ、南殿(なでん)や染井吉野(そめいよしの)の標準木も案内されていました。春に訪れれば、城、海、桜が重なる松前ならではの風景が楽しめるはずです。

幕末になると「松前城」も戦いの舞台となります。明治元年(1868年)、榎本武揚(えのもとたけあき)ら旧幕府脱走軍は「五稜郭」を占領し、さらに松前方面へ進撃しました。
松前藩は本拠である「松前城」を離れ、内陸の厚沢部(あっさぶ)に築いた「館城(たてじょう)」へ移ることになります。
つまり、「館城」は「松前城」の歴史の先にある、松前藩最後の拠点だったのです。そう考えると、2つの城は別々の史跡ではありません。
「松前城」は松前藩が長く守ってきた本拠であり、「館城」はその松前藩が幕末の混乱の中で最後に託した新城です。さらにこの後、「四稜郭(しりょうかく)」、「松前藩戸切地陣屋跡(まつまえはんへきりちじんやあと)」へと、道南で起きた幕末の争いが、点ではなく線として見えてきます。
バイクで城跡を巡る面白さは、こうした距離感を体で感じられることにあります。もちろん当時の移動手とは異なりますが、地図で見るだけでは分からない海との近さ、城下町の広がり、そして移動の実感が、歴史の理解を深めてくれます。
「松前城」は、北海道の城郭史、松前藩の歴史、そして幕末の動乱を一度に感じられる場所でした。天守だけを見て終わるのではなく、本丸御門、石垣、資料館、津軽海峡の眺めまで歩くことで、この城が道南史の中心にあった理由が、少しずつ見えてくるのでした。
Writer: くるまのニュース編集部
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