トヨタ豊田章男会長が米国自動車殿堂入り! 「売っているのは笑顔と幸せ」授賞式スピーチで語った“クルマ屋”の信念と“モリゾウ”らしいエピソードとは?

2026年9月23日、トヨタ自動車の豊田章男会長が米国自動車殿堂入りを果たしました。米国デトロイトで開催された授賞式では、直前のテスト走行で負ったケガを感じさせないユーモア交じりのスピーチで会場を沸かせました。販売台数などの数字ではなく、「もっといいクルマづくり」への情熱が評価された今回の受賞。現地の様子をレポートします。

「人」そのものを称える“世界で最も歴史ある自動車賞”で殿堂入り

 自動車業界の数あるアワードの中で世界最高峰の栄誉と言えるのが、アメリカの「米国自動車殿堂(Automotive Hall of Fame、略称:AHF)」です。

 2026年9月23日、その授賞式が自動車の街デトロイトで開催され、トヨタ自動車の豊田章男会長が殿堂入りを果たしました。

 ビシッと決めたタキシード姿で会場を沸かせた章男会長ですが、実はこの晴れ舞台のわずか2日前、とんでもないドラマが起きていたことを知る人はごくわずかでした。

 なんと、アメリカ現地でマスタードライバー「モリゾウ」として極限状態のオフロードテストをしていた際、マシントラブルでクルマが激しく横転。章男会長は腕を負傷してしまったのです。

 以前手術した足の傷すら忘れるほどの激痛だったそうですが、幸い顔には傷ひとつなく、当日は痛む体を隠して何食わぬ顔で授賞式に参加。

 大舞台の直前まで泥だらけになってクルマと向き合い、生傷を負って授賞式にやってくる…。これほど「モリゾウ」らしく、クルマ屋としての血と覚悟を感じさせるオープニングはないでしょう。

 そもそも、この「米国自動車殿堂」は一体どれほど特別な賞なのでしょうか。設立は1939年と古く、文字通り「世界で最も歴史ある自動車賞」です。

 最大の特徴は、特定の車種やメーカーではなく、自動車文化や産業の発展に人生を捧げてきた「人」そのものを称える点にあります。

 過去の受賞者を見ても、ヘンリー・フォード氏やフェルディナント・ポルシェ氏、エンツォ・フェラーリ氏、そして日本人なら本田宗一郎氏など、自動車史に名を残す偉人ばかりです。

 ちなみに豊田家としては、祖父の喜一郎氏、大叔父の英二氏、父の章一郎氏に続く4人目の快挙となっています。

 選考基準も“超シビア”です。一時的なヒット作や流行り廃りではなく、「長期的に世界のクルマ社会を変えたかどうか」が何段階にもわたる審査で厳しくチェックされます。

米国自動車殿堂入りメンバーの名前が刻まれた石碑
米国自動車殿堂入りメンバーの名前が刻まれた石碑

 そんな殿堂が発表した章男会長の公式授賞理由は、ズバリこちら。

「ドライバーを起点とした考え方をもとに、自動車産業のリーダーシップを再定義し、モダン・モビリティに情熱・性能・目的を取り戻しながら、トヨタを変革期へ導いた」

 2009年の社長就任直後に見舞われた大規模リコール問題では、アメリカ議会の公聴会に出席して矢面に立ち、逃げずに信頼回復を成し遂げました。

 加えて、自らステアリングを握って「もっといいクルマづくり」を率先して進めてきたこと、さらに、BEV(電気自動車)一本槍ではなく、ハイブリッドや水素など多様な選択肢を残す「マルチパスウェイ戦略」を世界に向けて牽引した功績が高く評価されたのです。

 ちなみに今回の授賞式では、F1やインディ500のシャシー開発で知られるレーシング界の伝説ジャンパオロ・ダラーラ氏、ポータブルナビを世界に広めて自動運転の基礎をつくった「TomTom」の創業者たち、そしてアメリカの巨大なクラシックカーオークション文化を築いた「バレット・ジャクソン」の創業者たちも共に殿堂入りを果たしています。

米国自動車殿堂 授賞式の様子
米国自動車殿堂 授賞式の様子

 一般社会やビジネスの世界では、「世界一の販売台数」や「過去最高益」といった数字や実績(ファクト)ばかりが注目されがちです。

 でも、今回の受賞の本質はそこではありません。

 筆者(山本シンヤ)は、章男会長が14年間いっさいブレずに貫いてきた「もっといいクルマをつくろう」「幸せを量産しよう」というオピニオン(想い・信念)こそが、世界を動かした一番の要因だと分析しています。

 以前、章男会長とのある会話の中で、ポツリと漏らした言葉がありました。

「“結果”で見せてもらわないとね。私もずっとそう言われてきたんだから」

 就任当時、大きくなりすぎて数字や効率を優先し、クルマづくりの情熱を失いかけていたトヨタ。世間や業界からも「きれいごとばかり言っていないで結果(=数字)で見せろ」と冷ややかな目を向けられ続けてきた男だからこその、重く孤独な本音でした。

 章男会長が信じたのは、数字合わせの経営計画ではなく、「もっといいクルマをつくろう」「街いちばんのクルマ屋になろう」というピュアな想いでした。

 自らヘルメットを被ってテストコースやレースのピットで仲間と同じ目線で汗を流し続けたからこそ、クルマが変わり、会社が変わり、結果として「世界一」や今回の「殿堂入り」というファクトが後からついてきたのです。まさに「ハードよりハート」が世界に伝わった瞬間でした。

 その熱い想いが爆発したのが、授賞式でのスピーチでした。全米最大のトヨタディーラーを率いるグレッグ・ペンスキー氏から「章男は自動車業界のスーパースターであり、まさにユニコーンのような奇跡のリーダーだ」と紹介されて登壇した章男会長は、冒頭から会場の心をガッチリつかみます。

「始める前に、皆さんにひとつ秘密を打ち明けさせてください。実は2日前、オフロードカーのテスト中に横転事故を起こしてしまいました。もし私が少しボロボロに見えるとしたら、そのせいです。でもご安心ください。クルマは無事でしたから!」

 この自虐ジョークに会場は大爆笑。一瞬で全ての人の心をつかみました。

 続けて「この栄誉は、世界にいる約40万人すべてのトヨタ従業員のものであり、彼ら全員のものです。もちろん、私が喜んで受け取りますけれどね」と語り、温かい笑いを誘います。

 さらに章男会長は、自動車の都デトロイトと豊田家の歴史的な絆を振り返りました。

「私にとってデトロイトは、映画界にとってのハリウッドと同じ憧れの場所です。祖父・喜一郎はこの街を見て『日本で自動車をつくる』と誓い、1957年には父・章一郎がアメリカ輸出第1号のトヨペット・クラウンを運転してやって来ました。父は誇らしげにフォード本社の前にクルマを止めて記念写真を撮ったそうです。

 ところが、ハイウェイに乗った瞬間、その自信は吹き飛びました。当時のクラウンは時速60マイル(約96km/h)を出すのがやっとで、あらゆるアメ車にビュンビュン追い抜かれ、本線に合流するには下り坂を使うしかなかったのです。まさに『オー、なんという屈辱(Oh, what a feeling!)』でした」

 かつてアメリカで大ヒットしたトヨタのCMのキャッチコピーをもじったジョークに、会場から割れんばかりの歓声が上がります。

「しかし、トヨタには『カイゼン』の精神がありました。父も祖父もこの地で殿堂入りを果たし、今、3代目の私がここに立っています。日本ではよく『三代目は家業を潰す』と言われますが、今のところは何とか無事にやれています(笑)」

 そしてスピーチのクライマックスでは、章男会長は自身のクルマづくり哲学を熱く語りかけました。

「子どもの頃の私の夢はタクシー運転手でした。その夢は叶いませんでしたが、かなり近いところまでは来られたと思っています。大好きなクルマを、それもとびきり速く走らせることを仕事にできているのですから。

 私にとって、クルマを何台売ったかということは決して一番重要なことではありません。本当に大切なのは、そのクルマが乗る人にとってどんな意味を持つかです。

 私たちが売っているのは単なる鉄の塊ではなく、『笑顔と幸せ』そのものです。新車が納車される瞬間に、悲しい顔をする人はいません。クルマは人をワクワクさせ、心を動かす特別な存在です。私たちは世界で一番クールで刺激的な産業に携わっているのです」

 そして最後は「誰かひとりが勝つのではなく、この産業に関わる全員で勝とう!」と呼びかけ、会場全体からスタンディングオベーションを受けました。

 壇上では一切の苦痛を感じさせず、満面の笑みでアメリカの重鎮たちを魅了した章男会長。しかし、足の古傷すら忘れるほどのケガを負っていたのですから、痛くないはずがありません。

 普段のイベントならば、どれほど忙しい時でも、どれほど疲れていても、ちょっとした時間を見つけて「話をしよう」とメディア仲間とざっくばらんに本音を交わす時間を必ず作ってくれるのが章男会長です。

 しかし、この日ばかりはパーティー終了後、近しい関係者に向け、こんなメッセージが届きました。

「今日はありがとうございました。普段でしたらコメントをできるのですが、さすがに、今回は、勘弁していただきありがとうございます」

 華やかなステージの裏で、限界寸前の激痛を必死に耐え抜き、「自動車殿堂の舞台に立つリーダー」としての役目を全うしていたのです。

 最後まで仲間への気遣いを忘れず、しかし限界まで身体を張ってクルマと向き合い続ける。この飾らない人間味と凄まじい意地こそが、最大の魅力なのでしょう。

「結果で見せてもらわないとね」と語り、孤独に戦い始めた豊田章男氏が、仲間とともに愚直な「もっといいクルマづくり」を貫き通した先に、今回の結果が生まれました。

 理屈や数字(ハード)を超えて、クルマへの純粋な愛と想い(ハート)が世界を動かした今回の米国自動車殿堂入りは、これからのモビリティの未来を照らす大きな道標となってくれるに違いありません。

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Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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