もうひとつのマツダの危機の理由「トランプ関税」をどう見るか?

 さて、トランプ関税の影響はどうなのだろうか。

米国は保護主義的な貿易政策へとシフトして、関税によって国内産業を守ろうとしている。トランプ関税の基本はそういうことである。

 関税という仕組みは途上国の産業を先進国の輸出から保護するためにある。例えば戦後の復興期、日本の通産省(現・経産省)は、米国製自動車との競争から国産車を守るため1955年までは輸入車(1900cc以上)に対して40%の関税をかけていた。

 例えば200万円のクルマは関税を付加して販売価格が40%増しの280万円になる。

 トランプ関税において、この関税の支払い者が誰になるのかがどうも誤解されている様子なのだが、関税を支払うのは米国のユーザーであって、日本の自動車メーカーではない。

 関税がかかることで輸入車が相対的に高くなるから売れなくなり、結果的に、相対的に安い国内産のクルマが保護されるというのが関税のメカニズムである。

 しかし、1990年代以降の自動車産業では、自国内で全ての部品を賄うことはありえない。実際、米国メーカーのクルマも経済協力圏であるUSMCA(旧NAFTA:米国・カナダ・メキシコの非関税特例地域)を使い国際分業して作られている。

 クルマを構成する3万点の部品を分類し、例えば精密加工が必要な部品は米国で、ワイヤーハーネスの様な手工業的な作業を要する部品はメキシコで生産される。労働集約的な部品は土地や人件費の安いところで作らないと原価低減ができないため、車両価格が上がって競争力を失うからである。

今後、トランプ関税の影響はどうなのだろうか「クレジット:146/PIXTA)」

 今回のトランプ関税は日本を狙い撃ちしたものではなく、USMCA対象のカナダやメキシコにも突きつけられている。日米交渉で関税率が15%で決着した報道が朗報の様に伝えられているが、日本にとって良い結果かどうかは、課税後の相対的な販価によるのだ。

 なのでUSMCA特例の自動車部品の関税がどう落ち着くかを見ない限り、日本に有利なのかどうかは何とも言えない。ただし、雲行きとしては、カナダとメキシコも無傷ではいられない雰囲気である。行き先を注視したいところだが、場合によっては日本にとって本当に朗報になるかも知れない。

 もう一点、日本は今や世界的に見て人件費が安い。対して米国は高い。仮に日本の自動車メーカーが、今回のトランプ関税を回避するために米国内で生産をするとどうなるか。

 筆者が自動車メーカーの首脳陣に聞くと、複数のトップが「仮に関税が25%掛かったとしても、米国で生産するより関税を払って輸出する方が安い」との見解を示している。つまり、日本のメーカーがどうすべきかという話については、慌てることなく粛々と関税を払い。その値上がりにふさわしいだけ魅力的なクルマを作っていった方が、戦術的にずっと良いということになるのだ。

 交渉ごとの最中なので軽々に結論は出せないが、全体としてはどうも報道が伝えるほど日本に不利なことは起きない。むしろ有利な落ち着きどころすらありうる状態である。

 これはあくまでも筆者の視点ではあるが、せっかくコストダウンのために進んだ国際分業が、今回のトランプ政権の政策で巻き戻って、部品生産の全てが米国内産に戻る様なことになれば、おそらくは米国民にとって、米ビッグ3を含めた全てのクルマが大幅に値上がりすることになる。米国はクルマ社会であり、クルマなしに生活が成り立たない。

 新車が買えなくなった人は中古車へスライドする。中古車は明瞭に相場商品なので需要が高まればこれも値上がりすることは火を見るより明らかだ。そうなると生活が圧迫された国民は、これらのトランプ政策を突き上げることなる。

 なので順当に考える限り、関税にしろ、国内回帰にしろどのルートを通ってもクルマの値上がりがほぼ避けられないこの政策はおそらく長期的には維持できない。

 構図としては少し前の「内燃機関禁止」の流れと同じく、どこかで壁に突き当たって無かったことになる目算が高い。それはつまり今回の関税政策を前提に米国に工場建設などを始めてしまうと、EVシフトに巨大投資をしてしまって後戻りができなくなった欧州勢と同様に、負の遺産を背負い込むことになりかねない。

マツダの北米市場(2025年3月期)

 と言うことで、最後にマツダ危機説についての3つのポイントをまとめる。第一に、決算書をどう詳細に見ても、マツダの経営は基本的に順調であり、販売奨励金のやり過ぎという一点だけを是正すれば、何の問題もない。

 第二にラージ商品は、マツダの当初の狙い通り、狙ったマーケットの米国で、「構成」を引き上げるという、難しい質的転換に成功し、また台数的にも予定を十分クリアしており、失敗どころか、のちに振り返った時、あの米国シフトがマツダの成功のターニングポイントだったということになる可能性すらある。

 第三に、トランプ関税は長期的に見ると米政府の悪手であり、米国民生活への圧迫が強くおそらく維持できない。さらに言えば米国の自動車メーカーに高い負荷をかけて、むしろ相対的には日本の競争力を高める可能性もある。

 どうせ関税で値上げを余儀なくされるのであれば、ラージ商品群によるブランドの上方シフトはまさにこの政策への対応かの様にマッチしており。従来の「安いから選ばれる」から、「質的に良いものを適正価格で売る」という形への転換はマツダには珍しいラッキーなタイミングだったとも言える。

 少なくともマツダは危機的状況にあるとは筆者には到底思えないのだ。

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