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様々な「顔」を持つトヨタ・豊田章男氏…ラリー・フィンランドで見せた「立場の切り替え」が凄かった! ラリージャパンへの秘策もアリ?

山本シンヤ

トヨタ自動車 会長としての仕事とは?

 その後、豊田氏はTGR-WRTの拠点へと向かいます。

 ここでは現在開発中の「GRヤリスRally2」の生産準備が行なわれていますが、その視察のためです。

 ここにはチーム代表代行としてではなく、トヨタ自動車 会長としての立場として来ています。

 現場には友山茂樹エグゼクティブフェローの姿も。友山氏は社内では「TPSの伝道師」と呼ばれていますが、このTGR-WRTにもTPSを取り入れるべく、様々なカイゼンが行なわれています。

 なぜ、ラリーマシンにTPSが必要なのでしょうか。

 現在TGR-WRTが参戦するのはRally1と言う最上位クラスですが、WRCにはその下にもいくつかのクラスがあります。

 排気量や駆動方式、最低重量などに応じてRally2/3/4/5にカテゴライズされています。

 これらのマシンはワークススペックのRally1とは異なり、その多くは自動車メーカーが開発を行なった市販車をベースしたモータースポーツ専用車両、つまり「カスタマーレーシング用マシン」です。

 これらのマシンはプライベーターがしかるべき手順を踏めば普通に購入することが可能です。

 もちろん、台数は市販車とは比べ物にならないほど少量ですし、生産はほぼ手作業で行なわれますが、「量産モデルである以上は、TPSは不可欠」だと。つまり、ラリーカーの生産に関しても「ムリ・ムダ・ムラ」を無くす必要はあると考えています。

 実際に工場内の各セクションには、生産工程を分解し再効率化を図った表や部品の流れのフローなどが貼られています。

 また、カスタマーレーシング車両には重要となる部品供給に関しても在庫管理や納期を早める手法なども報告。

 豊田会長は各担当者から説明を受けると、「こうしたほうがいいのでは?」、「これは解りにくいね」と言ったような指摘を次々と。

 その内容は友山氏から「現場のメンバーより、会長のほうが中身を知ってるじゃないか!!」と言うほど的確。

 日本人スタッフはもちろん現地のスタッフも、熱心にその言葉を真剣に聞きメモを取っていました。

 そして豊田会長は全ての工程の視察を終えると、現地のメンバーにこう語りました。

「現在は人の実力に頼って、色々なやり方が混在しています。

 Rally1は5人のカスタマーが相手なのでいいでしょう。

 でも、Rally2のカスタマーは世界の色々な地域にたくさんいます。

 なので、上手くやらないと毎日皆さんが帰れなくなる。それは困るでしょ。

 だけどカスタマーが怒るのも困ります。

 だから『何が正常か、何が異常か』を決めるプロセスを皆さんが行なっています。異常な物をハッキリすることで、皆で助け合うことができます。

 それを理解したとしても、『今まで俺たちはこうやってきたから、うるさい事言うなよ』と言う気持ちがあるでしょう。でも、全ての苦情はチェアマンの私に来ます。

 今週はフィンランドにいますが、来週はいません。

 だから皆さんの力が必要なのです。日本のメンバーが色々言うでしょう。

 恐らく、日本語とフィンランド語、日本語と英語を超えて言うと思いますが、会話をしてあげてください。

 モリゾウもRally2の1人のカスタマーとして買う可能性があります。

 モリゾウは全てのカスタマーの中で最もクレーマーです。

 それとモリゾウは1番クルマを壊します。そのニーズにミートするためにも、是非レベルアップをしてください。お願いします」

 その日の夜7時、豊田氏はSS1 Harjuに向かいます。

 スーツ姿からTGR-WRTウェアに着替えての登場です。

 SS1はサービスパークから数分の場所にあるユバスキュラ中心で行なわれるスーパーSSで、市街地のターマック(舗装路)と、公園内のグラベルの両路面がミックスされた3.48kmのショートステージとなります。

 ここには食事をしながらSSを観戦することができるホスピタリティゾーンあります。

 日本にも野球場やサーキットでも可能なスタイルですが、非常設型のラリーでもそれができるのは、さすがです。

 豊田氏は到着するやいなや、マシンの走行をチェック。ここは会長でも代表代行でもなく、「1人のラリー好きの豊田さん」としてです。

 ちなみに2022年のラリー・ベルギーではインカット評論家として各選手の走りをコメントしていましたが、今回も鋭いコメントがいくつか。

 興味深かったのはRally1のマシンではなくRally2のマシンで、「●●は高速コーナーの姿勢が綺麗だけど、タイトコーナーは苦手」、「▲▲はタイトコーナーは良く曲がるけど、高速コーナーはふらつく」など、車両の特性まで言及していました。

 これは推測ですが「GRヤリスRally2だったら、こういう走りをするのかな」と考えていたのかもしれません。

 とにかくラリーカーを見る目は超真剣で、まさに「仕事を忘れて」と言った印象でした。

 この時、SS1に観戦に訪れていたトミ・マキネン氏(三菱時代に4連覇を達成したラリードライバー、2017年にトヨタがWRCに復帰した時のチーム代表)と再会、嬉しそうにラリーカー談義を行なっていました。

 8月4日、いよいよフィンランドラリーらしい森林地帯での本格的な戦いがスタートします。

 豊田氏は早朝に行なわれるチームのドライバーミーティングに豊田代表代行として参加します。

 サービスパークに到着すると、まずはメンバー1人1人と挨拶。これはヤリマティ代表と全く同じです。

 ミーティングでは口を挟むことなくメンバー/ドライバーの話に耳を傾けます。

 筆者はミーティングと言うと、チーフが今日のメニューや目標を語るようなイメージを持っていましたが、そんなコメントは一切なく、その日の注意すべき天候やポイントを確認する程度。

 はじめは「ミーティングにしてはドライだな」と感じましたが、ドライバーは「必要な情報が欲しければその責任者に聞く」と言うシステムだと聞いて、「なるほど」と思いました。

 当然、情報はすべて共有しされていますが、その判断は各領域の責任者に一任されているのです。

 つまり、会社のように上司の判断ではなく「現場の判断で動く」、ただし「責任は上司が取る」と言うスタイルです。

 豊田氏は常日頃から「情報が現場にある、現場が今どうなっているかを大切にしたい」と語っていますが、このチームがそれを実践できているようです。

 これも「プロフェッショナルだけど家庭的」と語る要因のひとつだと思っています。

 その後、豊田代表代行は午前中にSSの視察に向かい、昼はドライバーがサービスパークに戻ってくるのに合わせてコミュニケーションを取っていました。

 午後は筆者はSS観戦に行っていたので別行動でしたが、チームに訪れる多くの人たちと打ち合わせや体調を整えるための施術などを行なっていたようです。

 ちなみにロバンペラ/ハルットゥネン組がSS8で横転、クルマのダメージが大きくデイリタイヤとなってしまいました。

 夜になっても代表代行の仕事は続きます。

 デイ2のステージ全てが終わった21時20分、ヒョンデ、Mスポーツ(フォード)の代表と共にWRCステージインタビューに参加。集まったWRCファンたちに、このように語りました。

「ラリー・フィンランドを楽しんでいます。私はドライバーたちを応援するためにここにいますし、チームがハッピーであれば、チーム代表である私もハッピーです。

 カッレはホームラリーをとても楽しみにしていたので、あのようなこと(=デイリタイヤ)になってしまい本当に残念ですが、重要なのは彼とヨンネが無事だったということです。

 クルマが直り、明日彼らが再スタートできることを願っています。

 エルフィンは素晴らしい力を発揮してラリーをリードしていますので、明日も引き続きいいパフォーマンスを発揮してくれることを期待しています。

 また、貴元も非常に速かったですが、彼は長年ユバスキュラに住んでいるので、地元の人達が応援してくれることを願っています。

 ヤリ-マティにとっては今回が210回目のWRCスタート、笑顔で運転を楽しんでいましたが、それこそが私が見たかった姿です。

 ラリーはまだ2日残っていますが、全てが順調ですし、チームのみんながとてもいい仕事をしていると思います」。

 8月5日、豊田代表代行は早朝のチームのドライバーミーティングから参加。通常はホテルからは送迎車ですが、何とシェアリングの電動スクーターで颯爽と登場。S耐でも良く乗っているので扱いは非常に上手です。

 その後は別行動でしたが、豊田氏から「SS観戦はヘリコプターで行ってきてください」と言うサプライズ。

 ちなみにクルマだと約1時間半かかるSSでも、ヘリコプターだと約20分-30分で行くことが可能でした。

 ただ、豊田氏が我々に“あえて”ヘリコプターでのSS観戦を経験させたのには、ちゃんとした理由がありました。

―― ヘリを使うとSSが5つも観戦できました。クルマだと2つが限界でした。

 豊田:ヘリ=贅沢と言われますが、ここでは普通の人より“ちょっと”お金を出せば誰でもできます。まさに「時間を買う」と言うイメ―ジですね。

―― 富裕層向けではなく、移動が大変な人のためのツールとしても使えますよね。

 豊田:そうそう、SSに行きたくても行けない人もいます。

――降りる場所がたくさんある上に、離着陸するヘリの数の多さにも驚きました。

 豊田:10機以上の離着陸を一人でコントロールしていますからね。

 こちらではヘリはそれくらい身近な存在なんですよ。

 日本だと防災用かドクターヘリ、そして高須クリニックのイメージ。

 僕はヘリはもう少し大衆に近い所にあるべきだと思っています。

 日本でなぜできないか。それは規制があるから。日本は前例がない事に対して厳しい。

―― それは水素エンジンのタンクや給水素施設もそんな感じですよね?

 豊田:「責任取るからやれよ」と言えるリーダーが出ないとダメ。最後は全部現場の責任にしちゃうから。

―― ラリージャパンで山の中でのヘリの離発着ができると、今後のヘリの活用方法がもっと変わるような気がします。

 豊田:その通り。ラリーのためにヘリを飛ばすのではなく、ヘリをキッカケに「社会インフラ構築にも繋がる」と言うことを理解してほしいですね。

―― 更に驚いたのは、山奥のSSにホスピタリティエリアが存在する事です。ただ、同じ道を挟んでローカルな人が観戦できるエリアもあります。つまり、来る手段は違うけど、同じモノが楽しめる環境があるのがいい。

 豊田:大事な事ですね。

 日本だと「お金払わないと見せない」とやりがちですが、選択肢は色々あったほうがいいです。

 ラリージャパンはまずは多くの人に見てもらう事が大事。その結果、幅が広がると思います。

―― あるSSで40年くらい来ているファンの人と話をしたら、「ラリージャパンに行きたい」と言っていました。

 豊田:そういう人が来た時、「あれっ?」となるが嫌ですよね。

 海外の人が「来てよかった」と思えるようなラリージャパンにしたいです。

※ ※ ※

 デイ3終了後も豊田代表代行はヒョンデ、Mスポーツ(フォード)の代表と共にWRCステージインタビューに参加。ここではこのように語っていました。

「マシンの損傷が激しいため、カッレの出場が叶わなくて残念だが、エルフィンの快走で皆が晴れやかな気分になっています。

 貴元とスンニネンはフィンランド代表選手。フィンランドの戦いがこの二人で行なわれています。

 貴元のSSでのコメントにもありましたが、カッレのアドバイスが付いています。助け合い、分かち合ういいチームになっている。そこにプライドを感じます。

 そしてラトバラですが、自信みなぎっているようです。だけど、そうなると、私が代表をする回数が増えてしまいます。

 210回なのでやらせているので、皆さんがどう応援するかで決まるので期待ください」

 インタビュアーが「走ってほしい?」と声を掛けると、大きな歓声が。豊田代表は苦笑いでしたが、まんざらでもない表情でした。

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