WRC王者がドリフトに再び挑む!? ラリーとドリフトに共通点はある? カッレ・ロバンペラが魅せた走りとは
フォーミュラドリフトジャパンにWEC王者カッレ・ロバンペラが2度目の登場
世界中で注目を集めているドリフト競技。日本では、D1グランプリやフォーミュラドリフトジャパンが有名だが、アメリカのフォーミュラドリフト、ヨーロッパで行われているDMES(ドリフトマスターズ・ヨーロッパ選手権)など、世界でも盛り上がりを見せている。
現在もWRCで活躍するフィンランドのラリードライバー・カッレ・ロバンペラが、2023年5月に行われたフォーミュラドリフトジャパン第2戦のエビスサーキット西コースに登場した。
圧倒的な速さと乱れぬドリフトをみせ、パーフェクトウィン(予選1位・決勝1位)で優勝したのは記憶に新しいが、そのカッレ・ロバンペラがまたフォーミュラドリフトジャパン最終戦(岡山国際サーキット)に参戦してきたのだ。
史上最年少(22歳)でWRCチャンピオンを獲得したカッレ・ロバンペラのドリフト好きは有名で、DMES(ドリフトマスターズ・ヨーロッパ選手権)にも参戦するほど。
日本ではレッドブルカラーのGRカローラで「KR69 CUSCO Racing」から参戦。
カッレ・ロバンペラが乗るGRカローラは、エンジン製作はHKSが担当。JZ-GTE3.4Lキット+GT7 5100 BBタービンという仕様で、約1000馬力のパワーを持つ。
タイヤはヨコハマタイヤのADVAN NEOVA AD09でホイールはADVAN RacingのRS-DF。
トータル的なメンテナンスから足回りまでマシンを管理するのは、2020年からフォーミュラドリフトジャパンに参戦中のCUSCO Racing。
古くから現在に至るまで、アジアパシフィックラリー選手権と全日本ラリーに参戦しているCUSCO Racingは、ラリーで培った実績と3年間フォーミュラドリフトジャパンで戦ってきた経験を生かし、今シーズンは第1戦から予選で1~3位を独占した。
チームには2022年フォーミュラドリフトジャパンチャンピオンの松山北斗や、最年少ドリフトドライバーでシリーズチャンピオン争いを繰り広げた、箕輪大也も所属するチームだ。
このGRカローラは、CUSCO Racingで培ってきたドリフトマシン製作のノウハウをつぎ込んで、ドリフト仕様に仕上げられていたが、カッレ・ロバンペラからのオーダーでラリー向けのセッティングに変更されたらしい。
ラリーでも実績のあるCUSCO Racingだからこそ対応できたのだろう。そんな経緯を経て、これまでのドリフト競技とは違った走らせ方が実現した。
フォーミュラドリフトジャパンでは解説を担当する、スーパーGTドライバー、初代D1グランプリチャンピオンの谷口信輝もカッレ・ロバンペラの走りには驚き、そして興奮する。
「何度走っても同じライン、同じ速度域での進入、そしてブレーキングやアクセルワークにおいてもマシンの挙動が乱れない、すごい走りとテクニックも持っているよね。
今まで様々なドリフトドライバーを見てきたけど、次元が違うんじゃないかな。
先行では圧倒的なパフォーマンスをみせ、しかも後追いがしやすいラインを通る。
ついてこいっていわんばかりの走りだよね。後追いでは車間距離の近さもそうだし、一糸乱れのないスムーズなドリフトで走り切る。
ドリフトに新たな可能性を感じる走り。これを日本で2回も見られるのだから、最高だよね」
谷口信輝が絶賛したように、初登場となった第2戦のエビスサーキット西コースでは、予選から他車を寄せ付けない走りで、単走予選1位、追走決勝1位で完全優勝。今回行われた最終戦でも誰もが優勝候補としてあげていたことだろう。
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10月7日(土)に岡山国際サーキットで行われた最終戦予選。路面はドライ。最高のコンディションでのスタートとなった。
予選1本目、23番手でスタートしたD1グランプリでも活躍中の松井有紀夫(BMW-F22)が89ポイントを獲得してトップに立つ。
そのふたつ後に登場したカッレ・ロバンペラはいきなりの93ポイント。4ポイント差を付けてのトップ。
第5戦を終了した時点でシリーズランキングの箕輪大也(GRヤリス)は91ポイント、シリーズ4位のKANTA(JZX100)も92ポイントで、カッレ・ロバンペラが出した93ポイントには及ばず。
さらに2本目、カッレ・ロバンペラは自身の得点を上回る95ポイントをマーク。
フォーミュラドリフトジャパンにおいて満点である100ポイントを獲得することはかなり難しく、95ポイントはほぼ100ポイントと同じくらいの価値がある。
今回もカッレ・ロバンペラの単走勝利は揺るぎないものかと思われたが、予選2位に付けているKANTAが驚愕の96ポイントを叩き出した。僅か1ポイント差だが、カッレ・ロバンペラを越えた瞬間だった。