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強奪された「フェラーリ」の数奇なオーナー遍歴とは? 屋根なしだと3倍の値段になる「デイトナ スパイダー」は3億円!!

121台しか生産されなかった希少モデル

 1968年のパリ・サロンにて生産型がワールドプレミアに供され、1973年まで生産された「365GTB/4デイトナ」は、フェラーリの伝統的FRベルリネッタの名作として誰もが認めるモデルである。

 フェラーリ伝統のV型12気筒エンジンは、総排気量4390cc。各バンク当たりDOHCヘッドを組み合わせて352psを発揮し、最高速は280km/hに到達。同時代のランボルギーニ「ミウラ」およびマセラティ「ギブリ」とともに、世界最速市販車の座を三分していた。

シルバーのボディにブラックの内装の個体は、14台しか製造されていない(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's
シルバーのボディにブラックの内装の個体は、14台しか製造されていない(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's

●北米市場の要求によって生まれたスパイダー

 一方、完璧なプロポーションを誇るスカリエッティ製ボディは、ピニンファリーナ時代のレオナルド・フィオラヴァンティがデザインワークを手がけた。名匠フィオラヴァンティ曰く「自身の最高傑作」とのことなのだが、デビュー当初はベルリネッタだけのラインナップ。「デイトナ」の名が示すように、北米マーケットで人気を得るのに重要なオープンモデルの設定はなかった。

 そこで1969年フランクフルト・ショーでは、北米市場の熱心なリクエストに応えて、オープンバージョンの「365GTS/4」、いわゆる「デイトナ・スパイダー」が発表されることになる。

 この365GTS/4の誕生に大きく関与したのは、1948年にフェラーリ「166MM」とともにル・マン優勝を果たしたルイジ・キネッティによって創業され、北米はもちろん、一時期は世界最大のフェラーリ正規代理店となっていた「キネッティ・モーターズ」である。

 キネッティは、先代にあたる「275GTB」時代後期に、自身の所有するフェラーリのセミワークスチーム「NART(North American Racing Team)」の名を冠した「275GTB/4 NARTスパイダー」を10台のみマラネッロに製作させていたこともある。

 そしてこの実績をバックボーンに、キネッティは1930年代のアルファ ロメオ時代から親交のあったエンツォ・フェラーリに働きかけ、こんどはカタログモデルとしてデイトナ・スパイダーを開発させることに成功したのだ。

 ベルリネッタと同じくモデナのスカリエッティが正規で製作する365GTS/4は、単にベルリネッタのルーフを切り取っただけではなく、ボディ補強を含めて新たに後半部を作り直したもの。本来の目論見どおり北米を中心に人気を得ながらも、後述するように少数しか生産されなかったため、市井のボディショップがスタンダードベルリネッタの屋根を切断してしまった「即席の」スパイダーも少なからず存在している。

 1969年の春頃から1973年までに、コンペティションモデルを含めた365GTB/4ベルリネッタが1383台に達したのに対して、365GTS/4スパイダーは121台(ほかに127台説などもあり)に過ぎないといわれている。

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