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ポルシェの工場で生産されたメルセデス・ベンツ「500E」の狂気めいたキャラとは【旧車試乗】

怪物セダン誕生の大義名分は、ポルシェの救済だった?

 1990年10月のパリ・サロンにてワールドプレミアに供され、翌1991年2月から生産が開始されたメルセデス・ベンツの伝説的名作「500E/E500」。

 それに先立つこと5年前、1985年にデビューしたミドルセダンの名作「W124」シリーズの車体に、「R129」系「500SL」用のV型8気筒4カムシャフト32バルブ4973cc「M119」型エンジンを詰め込んだ、文字どおりのモンスターである。

1990年代のモンスターセダンとえいば、間違いなくメルセデス・ベンツ「500E/E500」がその1台として挙げられるだろう
1990年代のモンスターセダンとえいば、間違いなくメルセデス・ベンツ「500E/E500」がその1台として挙げられるだろう

●珍重される「ポルシェライン」の1台

 今ではにわかには信じがたいが、1990年代に入った時期、慢性的な経営危機にあえいでいたポルシェを救済するために、開発と初期モデルの生産をポルシェに委託したことも、500Eの伝説性を強めている。

 このモデルの最大のトピックであるM119型エンジンは、1990年代のモデルらしく過給機の助けを借りない自然吸気ながら、326psの最高出力と48.9kgmの最大トルクを発生。4速のオートマティック変速機が組み合わせられ、最高速度は当時の独メーカー紳士協定によって250km/hで作動するリミッターで制限されていたものの、0-100km/h加速6.5秒、0-400m加速を14.8秒でこなす目覚ましい動力性能をもたらした。

 一方、この強大なパワー&トルクを受けとめる車体側では、もともと直列4気筒ないしは6気筒を積むべき既存のモノコックにM119型V8エンジンを押し込むために、バルクヘッドやフロアトンネルを拡大。また、前後のサスペンションアームやサブフレーム、トランスミッション、ステアリングギアボックス、ドライブトレインなどのコンポーネンツを500SLから、リアのセルフレベリング式サスペンションは、S124系ワゴン「300TE」からコンバートしたという。

 さらにブレーキも、R129系SLから流用した直径300mmのベンチレーテッドディスクと、「190E2.5-16」と共通のブレンボ製4ポットアルミキャリパーを前輪に採用し、後輪には同275mmに2ポットのスチール製キャリパーが与えられた。

 スタンダード版W124のボディサイズは、全長4740mm×全幅1740mm×全高1445mm。それに対して500Eではトレッドをフロント35mm/リア30mm拡大するとともに、拡幅されたホイール/タイヤに合わせてフェンダーもワイド化を図ったことから、全幅は55mm広い1795mmとなった。

 500Eの組み立ては1990年末から、ポルシェのツッフェンハウゼン工場でスタート。これは、かつて「356」の生産を請け負っていた「ロイター」社の工場から発展したもので、1964年にポルシェがロイター社を吸収合併したのちは、ポルシェの生産拠点のひとつとして機能していた。

 ところがポルシェが経営危機に陥っていた1980年代末、ツッフェンハウゼン工場は休止を余儀なくされていたことから、ここに500Eの生産ラインを設け、ダイムラー・ベンツ社(当時)のジンデルフィンゲン工場と分業で生産されることになる。

 しかしこの生産方法は組み立て中の車両を、ツッフェンハウゼン~ジンデルフィンゲン間で2回移動させるという複雑かつ非効率なもの。そこで1992年のある時期から、生産拠点はダイムラー社ジンテルフィンゲン工場に完全集約されることになったのだが、ポルシェ工場で生産された、いわゆる「ポルシェライン」500Eは今なお愛好家によって珍重されているともいわれている。

 今回の取材に際して、十数年来の付き合いである友人が所有している500Eは、1991年型。友人のお父上が、日本への正規輸入が始まる前に欧州某国経由で並行輸入した「ポルシェライン」の1台である。

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