VAGUE(ヴァーグ)

魔の山・谷川岳で極上のコーヒーを淹れてきました【山の珈琲】

ゆっくり山頂でコーヒーを楽しんだら、下山はロープウェイがオススメです

 オキノ耳に到着したとき、視界は真っ白な状態。見晴らしが良くないと残念がる人も多いけれど、個人的には雲に包まれたなかの山行も嫌いではない。景色が良ければ目を奪われ気持ちも晴れるが、白い靄や霧のなかを歩く方が深いところまで思考が沈潜していくので、自分自身を見つめ直す意味でも意義がある。だからよほどの悪天候でない限り、山の天気はどうでもいい派である。それに、快晴だと水墨画のような景色も楽しめない。

 というわけで、オキノ耳でのコーヒーは、景色を楽しみながらではなく、茶道ならぬ珈琲道といった趣きで。心を落ち着けて自分と対峙し、下界での汚れきった心を洗うつもりで湯を沸かす。チタン製のアルコールバーナーは静かに燃焼するので、幽玄な山の頂にはちょうどいい。

 その間に豆を挽き、チタンカップにドリッパーを載せる。コーヒーを淹れる準備は整った。

軽量化のためにアルコールストーブを持参
軽量化のためにアルコールストーブを持参

●木炭焙煎豆で淹れてみました

 今回のコーヒー豆は、木炭焙煎のコロンビア。この豆を選んだ理由はつぎのとおり。土合から谷川岳にアプローチする登山者をサポートしてくれたのが、1931年に山の家を開いた中島喜代志氏。その中島氏の出身が近くの平家の落人村落である藤原なのだが、藤原は炭焼が盛んだったということが記憶のなかにあって、炭焼き→木炭→木炭焙煎とつながって木炭焙煎の豆を選んでいたというわけだ。

 炭火で焼くと美味しいのは、焼き鳥や焼き肉。遠赤外線で外はパリッと中はジューシーに。コーヒー豆では、表面は香ばしく芯までふっくら、というわけだ。

 中挽きで挽いた粉をミルからペーパードリップに移しただけで、すでに鼻腔に甘いアロマが……と期待したのだけれども、寒さで鼻が利かないせいか香り立つものは感じられず。しかし、十分に蒸らしていないにも関わらず、口に含むとツンと尖ったところはなく、まろやかな口当たり。そして鼻腔に抜ける香り。

 チタンカップに鼻頭を入れて香りを楽しみながら半分ほど味わったところで風が出始め、そもそも真っ白だった景色がグレーに。ガスが濃くなってきたこともあって、慌てて飲み干して下山準備に急ぐ。

 13時59分、下山開始。コンビニで購入したカップ麺などでランチを取っていたにしても、少々ゆっくりしすぎた。当初の計画では、12時30分に「オキノ耳」から下山する予定だったのだ。

 14時17分にはガスで見通しの悪い「肩ノ小屋」まで戻る。当初のプランより遅れているにも関わらず、計画通り西黒尾根から下山。土合に山の家を開いた中島喜代志氏が、登山客が大勢訪れるようにとひとりで斧で切り拓いたというルートだ。

下山する西黒尾根だけに雪が積もっており、なんだか不思議な光景
下山する西黒尾根だけに雪が積もっており、なんだか不思議な光景

 西黒尾根へとルートをとりはじめると急にガスがなくなり、ぱあっと視界が開けて遠くの山々までが見渡せるようになった。天神尾根の方へと目をやると、ガスでぼんやりと山の稜線が認められるほどだったので、この時点ではルート選択は正解だったと気分もアガる。

 この高揚した気分は「ラクダのコル」や「ラクダの背」までは確かに、続いていた。この日はじめてといっていい雄大な景色だったので、それも当然のこと。できることなら景色を楽しみながら時間を掛けてゆっくりと下りたかったのだけれども、日没との戦いでもあったのだ。

 密林帯に入ってしばらくしたら、完全に夜の闇に包まれてしまった。もちろん、ナイトハイクも計算に入れていたのでヘッドライトなどの装備も完璧。密林帯に入れば後は気楽にナイトハイクを楽しめばいい……なんていうのは甘い考えでした。あまりに急峻すぎて、下りても下りても距離を稼げず、延々と続く登山道に途中で下山放棄したくなるほど。

 帰宅して読了した『谷川岳 生と死の条件』(瓜生卓造著)には、西黒尾根ルートは、昭和9年、10年頃に東京鉄道局旅客課でハイキングコースに指定されるも、遭難が重なって慌ててハイキングコースの指定を取り消されておりました。先に読んでいればと後悔先に立たず。

 谷川岳インフォメーションセンター前の無料駐車場に戻ってきたときには、早朝にあれだけたくさん並んでいたクルマが1台もなく、ポツンと1台だけ取り残されたようにして、愛車が私の戻りを待っていてくれたのでした。

* * *

 谷川岳での教訓。山頂で山のコーヒーを満喫するのなら、間違いなく下山は谷川岳ロープウェイを使うことをおすすめします。

Gallery 谷川岳で山の珈琲を淹れた1日を【画像】で振り返る(41枚)
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