戦前アルファ ロメオの黄金期を支えた「8C2300」の偉業を解説

1931年に誕生し、「ポスト・ヴィンテージ期(1931年から1939年)」における世界最速スポーツカーとなったアルファ ロメオ「8C2300」は、誕生から90年を迎えた。今回VAGUEでは、その誕生にまつわるストーリー紹介することで、全世界の自動車史に燦然と輝く1台への敬意を表することとしよう。

スーパーカー以前のスーパーカー、アルファ ロメオ「8C2300」が90周年

 レーシングカーから派出した超高性能メカニズムに、それぞれの時代のトレンドを先取りするような美しいボディとゴージャスなインテリアを組み合わせたロードカー。もちろん異論もあるだろうが、それがいわゆる「スーパーカー」の定義とみられている。

 そして筆者を含むスーパーカー愛好家の間では、1966年に誕生したランボルギーニ「P400ミウラ」を「元祖スーパーカー」とする見方が一般的になっている。

 ところが同じイタリアでは、今からちょうど90年前、ミウラ誕生から数えても35年も前に、スーパーカーの構成要素を一定のレベルまで満たした驚異的なスーパースポーツカーが誕生していた。それが、アルファ ロメオが1931年に送り出した「8C2300」である。

●90年前のスーパーカーとは?

ムゼオ・ストーリコ・アルファ ロメオの「8C2300コルト」

 アルファ ロメオ8C2300は「ポスト・ヴィンテージ期」と呼ばれた1930年代の名車たちのなかでも、とくにその前半期を代表する世界最速スーパースポーツである。その創造主は、1923年にフィアットから移籍し、直後にはアルファ ロメオ技術陣を率いることになったインジェニェーレ(技師)、ヴィットリオ・ヤーノであった。

 ヤーノ技師がアルファ ロメオで最初に手掛けたのは、2リッター直列8気筒DOHC+スーパーチャージャー付きエンジンを搭載したグランプリマシン「P2」であった。このマシンの大成功に次いで、その高度なテクノロジーを投入した直列6気筒DOHC+スーパーチャージャー(高性能版のみ)のツーリング/スポーツカー「6C1500」シリーズおよび「6C1750」シリーズで、ロードゴーイングカーの分野でも絶大な賞賛を得ることになる。

 そして「ミッレ・ミリア」制覇など、レースカーとしても大活躍した6C1750のスポーティなエッセンスを抽出、さらに進化させたのが8C2300である。

 6C1750時代はスチール製だったシリンダーブロックはアルミ製とされ、もともとアルミ製だったDOHCヘッドと合わせて、総アルミ合金製エンジンとなった。また、直列8気筒のクランクシャフトが長すぎでねじれてしまうことを防ぐために、直列4気筒+直列4気筒の中間からトルクをアウトプットするという特異な手法も取られたほか、エンジンオイルの潤滑もドライサンプ化するなど、随所でグランプリカーの設計がそのまま生かされることになる。

 2336cc直列8気筒DOHCスーパーチャージャー付きエンジンは、時代と排気量を思えば驚異的な142psを発生。標準モデルでも170−180km/h、レーシングモデルでは200km/hを優に超えるマキシマムスピードを発揮した。

 6C1750では「ノルマーレ」、「トゥリズモ/グラントゥリズモ(GT)」、「スーペルスポルト(SS)/グランスポルト(GS)」と数種類も用意されていたシャシは、8C2300ではホイールベース2745mmの「コルト(Corto:ショート)」、3100mmの「ルンゴ(Lungo:ロング)」の2種のみに集約。それぞれ「ザガート(Zagato)」や「トゥーリング(Touring)」、「カスターニャ(Castagna)」などアルファ ロメオと関係の深かったカロッツェリアによるスポーツカーボディが架装された。

 いずれのボディも極めて美しく、現代においては芸術性の高さでも評価されている。これも「スーパーカー」としての要素を早くも備えていたひとつの証と考えるのである。

Gallery:【画像】現在のアルファ ロメオのイメージを作った「8C2300」とは(15枚)