【深読み】ワンオフ「アバルト1000SP」のベースはアルファ ロメオ「4C」なのか!?

クルマ業界に関連するオフィシャルのリリース/カンファレンスなどから、アナウンスの裏側や注目すべきポイントを炙り出す【深読み】企画。今回は、アバルトの歴史を語る上で外すことのできない「フィアット・アバルト1000SP」からインスパイアされたコンセプトモデル「アバルト1000SP」のベースとなったクルマは何であるか、深読みしてみよう。

アバルト史上もっとも歴史的アイコンであるクルマとは

 2021年5月14日、ステランティス・グループに属する旧フィアット・グループ各ブランドのクラシック部門「FCAヘリテージ」より、2009年に発案されたというワンオフのコンセプトモデル「アバルト1000SP」が、そのオリジナルである「フィアット・アバルト1000SP」の誕生から55年を迎えたことを記念して初公開された。

●55年前に登場した、アバルト初のグループ6レーシングスポーツカーがモチーフ

「FCAヘリテージ」より、2009年に発案されたというワンオフのコンセプトモデル「アバルト1000SP」が、長い年月を経てついに発表された

 初公開されたアバルト1000SPの解説に入る前に、55年前のオリジンであるフィアット・アバルト1000SPについて、説明しておく必要があるだろう。

 アバルトは、1950年代からツーリングカーレースの小排気量部門を席巻。また小排気量GTカテゴリーでも無敵の存在であった。その活躍の場をさらに広げることを期したカルロ・アバルトとアバルト& C.社首脳陣は、当時のスポーツカーレースの最上級カテゴリー、FIA世界スポーツカー選手権へのタイトルの対象ともなる「グループ6スポーツプロトタイプ」への進出を決定。アルファ ロメオからヘッドハントしたマリオ・コルッチ技師に、1000cc級マシンの開発を指示した。

 そんな経緯のもと誕生したのが、1966年4月に発表されたアバルト初の市販グループ6スポーツプロトタイプの「フィアット・アバルト1000SP」である。SPとは「Sport Prototipo(=Sports Prototype)」のイニシャルであった。

 のちにアバルトテクノロジーを象徴する「レジェンド」的エンジニアと称されることになるコルッチ技師は、アルファ ロメオ「ジュリアTZ(1963−66年)」の技術的ベースとなった「アルファ ロメオ・アバルト1000ベルリネッタ(1960年発表のコンセプトカー)」の開発を担当した縁で、カルロ・アバルトの目に留まった人物である。

 アルファの名作「ジュリアTZ」における象徴的テクノロジーであった鋼管スペースフレームのスペシャリストである彼は、「SE04」の社内コードネームが与えられていた1000SPでも、当然のごとくチューブラーフレームを採用。当時のFIAグループ6レギュレーションが要求する天地高を満たすために巨大化を余儀なくされた、パースペックス樹脂製のラップラウンド型ウインドシールドを特徴とするFRP製ボディに組み合わせて、乾燥重量にしてわずか480kgの軽量な車体を実現していた。

 搭載されるエンジンは、もともとはFIAT 600用OHVに端を発する「1000ビアルベロ」ユニット。自社開発のDOHCヘッドを組み合わせたもので、排気量はわずか982ccながらパワーは105psをマークしていた。そしてこのビアルベロ・ユニットは、コルッチ技師が依然としてリアエンジンを信奉していたカルロ・アバルトを説き伏せるかたちで、ミドシップに置かれていたのだ。

 かくして完成した1000SPは、1966年と翌1967年に、当時のFIAレギュレーションが規定する25台ずつを製作。正式発表から1か月後、トスカーナ州ピストイアで開催されたヒルクライム「第14回コッパ・デッラ・コリーナ」にてレースデビューを果たす。このデビュー戦では、未成熟ゆえの初期トラブルに見舞われつつも、クラス4位でフィニッシュしている。

 さらに1000SPは、1966年シーズンから1971年シーズンまでニュルブルクリンク、ムジェッロ、ヴァッレルンガ、モンツァ、そしてタルガ・フローリオのようなビッグイベントをはじめとするおびただしい数のサーキットレースで、プロトタイプ・カテゴリーの1000ccクラス優勝を獲得。加えて、当時のヨーロッパでは極めて重要なモータースポーツであったヒルクライムでも素晴らしい戦果を残すに至った。

 つまり、このコンセプトカーのモチーフとなった「フィアット・アバルト1000SP」とは、アバルトにとってもっとも重要な歴史的アイコンともいうべき名作なのである。

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