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スーパーカーブーム時代の代表「ベルリネッタ ボクサー」とは?

 1970年代半ば、日本がスーパーカーブームに包み込まれた頃、その主役となったのは、通称ランボルギーニ「カウンタック」であり、またフェラーリ「BB(ベルリネッタ ボクサー)」だった。

 もちろんそれ以外のスーパーカーをお気に入りとする子供達もいたが、カウンタックとBBの人気を決定的なものとしたのは、各々300km/h、302km/hとされた最高速にほかならなかった。

 現在では300km/hはスーパースポーツの世界において現実的な世界だが、当時はそれが可能であるかどうかは別として、最高速は絶対的な説得力を持つ数字にほかならなかったのだ。

  • スーパーカーブーム時代に人気を二分した「BB」と「カウンタック」はいま、どちらがオークション・マーケットでは高値で取引されるのだろうか(C)2020 RM Sothebys/(C)2019 Courtesy of RM Sotheby's

 フェラーリが、新世代のプロダクション12気筒モデルとして、ミッドシップの基本設計を採用した「365GT4/BB」の生産をスタートさせたのは、1973年のことである。

 そのプロトタイプが初公開されたのは1971年のことなのだが、この沈黙の2年間はフェラーリにとっては深刻化する労使関係の悪化に苦慮していた時代であった。

 だがフェラーリにとってそれ以上に重要な問題だったのは、近い将来アメリカでその施行が決定していた大気汚染防止法、そして連邦自動車安全基準への対応にほかならなかった。

 そして決定的だったのはランボルギーニが「ミウラ」で、すでにミッドシップの基本設計を実現していたということである。同時期に生産されていた「365GTB/4(デイトナ)」では、フェラーリは革新性という点でランボルギーニにかなりの遅れを取っており、加えてミウラはすでに次世代のカウンタックにフルモデルチェンジされていたのだ。

 フェラーリの焦りがどれほどのものであったのかは、容易に想像できるところだ。

 しかし1973年に生産を開始した365GT4/BBは、そのハンデを一瞬で覆すほどに魅力的なモデルだった。当時最新の風洞実験装置を導入したばかりのピニンファリーナは、それを積極的に活用してエアロダイナミクスに優れた、そして流麗なミッドシップのボディデザインを描き出すことに成功した。その造形美は現代の目で見ても十分に魅力的である。

 フロントとリアのフェンダーはいずれもフードと一体成型されたもので、ボディ素材の多くは軽量なアルミニウム製となっている。

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