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ジャガーのエンジニアの夢から始まった「XJ220」プロジェクト

 ジム・ランドルという、ひとりのジャガーのエンジニアの夢からプロジェクトはスタートした。

 ジャガーのエンブレムを掲げる、究極のスーパースポーツを世に送り出すことを夢見た彼がイメージしたのは、同社のミッドシップ・レーシングカー、「XJR13」である。

 彼は、XJR13のシルエットをモチーフに、オンロードユースにも十分耐えられるようにキャビンをロングホイールベースによって構築し、前後方向にのびやかなスタイルを描き出したのだった。

  • 発表後には1500台ものオーダーが入るものの、実際には281台しか製造されなかったジャガー「XJ220」(C)2020 Courtesy of RM Sotheby's

 リアミッドに搭載すべきエンジンは、もちろんスーパーカーの華ともいえるV型12気筒だ。ここから発揮される強大なパワーを4WDシステムによって4輪に伝達し、安全かつ安定した走りを実現するというのが、ジム・ランドルのコンセプトだった。

 その夢はいつしかエンジニアリング部門の仲間にも知られるところとなり、通常の業務が終了した後におこなわれたこのプロジェクトは、「サタデー・クラブ」と呼ばれるようになった。それはとても謙虚な始まりだったのだ。

 最高速で時速220マイル(約352km/h)に到達することを目標に、「XJ220」とネーミングされたこのモデルのプロトタイプは、1988年のバーミンガム・ショーに出品され、満場一致の賞賛を受けることとなった。

 1989年末には予約受注が開始され、わずか48時間で予定台数の220台をはるかに超える1500台以上ものオーダーを得るに至った。

 だがちょうどその頃には、バブルに沸いていた世界経済は悪化の兆しにあり、XJ220の開発と生産を担当していたジャガースポーツは、搭載エンジンをV型12気筒から3.5リッターV型6気筒ツインターボへと変更を余儀なくされ、駆動方式もオーソドックスなRWDへと改められてしまった。

Nextポテンシャルは「F40」よりも上!? 「XJ220」は最高のスーパーカーだった!
Gallery【画像】世界の頂点を極めた奇跡のジャガーとは?(24枚)

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