創業105年のマセラティ、その栄光を振り返る

創業105周年という老舗ブランドであるマセラティが、モデナ工場をリニューアルし、新たな幕開けを迎えようとしている。そこで、マセラティの歴史を簡単に俯瞰し、伝統あるモデナ工場の未来についてレポートしよう。

レース活動からスタートしたマセラティ

 1914年12月1日、アルフィエーリ・マセラティが、兄弟のうちのふたりであるエットーレとエルネストとともにイタリア・ボローニャで「アルフィエーリ・マセラティ」を創業。

 創業から105周年という記念すべき2019年に、マセラティは新時代を迎えようとしている。イタリアン・ブランドの老舗マセラティがどのように変化しようとしているのか、その105年の歴史を振り返りかえりつつ、モデナ工場の今後についてレポートしよう。

1939年のタルガ・フローリオで勝利した「ティーポ6CM」と、2005年から2010年にかけて、GT選手権の最上位レースカテゴリであるFIA GT1国際チャンピオンシップを6度獲得した「MC12」

 機械工学に情熱を持っていたマセラティ兄弟は、同時にスピードを愛し、自らレーシングカーのドライバーにもなった。

 兄弟のなかで唯一エンジニアとならなかった画家のマリオは、ボローニャの中心にあるネプチューンの噴水に着想を得て、有名なトライデントのロゴの制作に貢献している。

 このトライデントを冠した最初のクルマは、1926年に製造された「ティーポ26」だ。同年にタルガフローリオでデビューし、1.5リッターまでのクラスで優勝、この時ステアリングを握ったのはアルフィエーリ・マセラティである。

1926年に製造された「ティーポ26」

 これがマセラティの偉大なレーシングカーでの成功の幕開けとなった。インディアナポリス500での2連勝(1939年、1940年)、タルガ・フローリオでは4連続優勝(1937年から1940年)、F1での9度の勝利、そして1957年にはファン・マヌエル・ファンジオがドライバーを務め、F1世界選手権での優勝を果たした。

 さらに近年では2005年から2010年の間にかけて、「MC12」とともにGT選手権の最上位レースカテゴリであるFIA GT1国際チャンピオンシップを6度勝ち取り、レースシーンへ舞い戻ってきた歴史がある。

 マセラティは創業から1939年までボローニャを拠点としていた。しかし1939年9月下旬にオルシ家によって買収され、オルシ家はマセラティ本社をモデナへ移転。オルシ家はもっとも世界的に有名なブランドとなることを目指し、新しいクルマの研究開発および製造に投資をおこなう。

 マセラティ本社の隣りにある、ヴィアーレ・チロ・メノッティのモデナ工場は、1940年1月1日に正式に始動した。

 マセラティにとってターニングポイントとなったのは、1947年だ。マセラティ兄弟とオルシ家との協業は、ブランド初のロードカーである「A6 1500」の発売とともに解消されたのだ。

 1963年には「クアトロポルテ」を発売し、それまでにはなかった高性能高級セダンという市場を生み出すことになる。

 その後、シトロエン時代(1967年から1975年)に最初の近代的な設備をモデナ工場に導入した後、次のデ・トマソ時代(1976年から1993年)においてモデナ工場は、大きな成功を収めたモデルのひとつ「ビトゥルボ」を誕生させた。

 続くフィアットによる1993年の買収は、マセラティにとって新しい章の始まりとなった。

 1997年9月にフィアット・グループ(現FCA)のグループ企業であるフェラーリの傘下に置かれたマセラティは、1998年に「3200 GT」を生み出し、続いて2001年に米国市場への重要なモデルとなった「スパイダー」をリリースしたのである。

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