登場当時は大衆車だった!? メルセデス「Eクラス」の深くて長い歴史とは

2020年9月10日に日本に上陸した、メルセデス・ベンツ改良新型「Eクラス」。日本においてもメルセデスの中核となるモデルで、2017年の登録台数は1万3262台と輸入車第4位、2018年は1万454台と第5位、そして2019年は7285台と9位にランクインしている。メルセデスの代表的ミドルサイズモデルとして世界中で人気のEクラス、その歴史を紐解く。

メルセデスのミドルクラスには長い歴史がある

 2020年9月10日、メルセデス・ベンツの中核モデルとなる「Eクラス」の新型が日本で発表された。

2020年9月10日に日本に上陸した、メルセデス・ベンツ改良新型「Eクラス」

 ただし、このモデルはまったくの新型ではなく、2016年から発売されているモデルの大幅刷新版だ。

 エクステリアはヘッドライトやグリルが変更になり、さらにAMGラインエクステリアが標準装備となり、よりシャープでダイナミック、そしてスポーティな印象を強くしている。

 インテリア系での大きな変更は、新世代ステアリングホイールの採用。そしてMBUXに、日本初となるARナビ機能を追加。車両前方の現実の景色と進むべき進行方向を示す矢印が同時にナビ画面上に表示されるようになっている。

 また先進運転支援系もメルセデス・ベンツの最新のシステムとなっており、機能面でも着実な進化を見せている。

 メルセデス・ベンツEクラスの特徴は、日本初のAR技術の採用など、常に時代に先駆けて最新技術を取り入れてきたことといえるだろう。その結果、メルセデス・ベンツのEクラスは、いつの時代もプレミアムセダンの指標と見なされてきた。

 今回は、Eクラスの歴史を振り返り、累計1400万台もの実績を積み重ねることができた、その理由に迫ってみたい。

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 現在のメルセデス・ベンツは、「Aクラス」から「Sクラス」、またSUVは「GLA」から「Gクラス」まで、幅広いラインナップを誇る。そうしたなかで、アッパーミドルセダンであるEクラスは、まさにど真ん中といえる存在だ。

 しかし、メルセデス・ベンツの長い歴史を振り返れば、実のところEクラスより小さい「Cクラス」や「A/Bクラス」というのは、割合に最近のもの。それ以前は、ミドルクラスのEクラスと、それよりも大きなSクラスという2モデルが主力となっていたのだ。

 そして、そうしたラインナップの源流は非常に古い。その始まりは、メルセデス・ベンツというブランドが誕生する、1920年代にまでさかのぼる。

 現在のメルセデス・ベンツ(社名でいうとダイムラー)は、ダイムラー社とベンツ社という別の2社が、1926年に合弁して生まれたものだ。

 そして合弁後に生まれた最初期のモデルが「シュトゥットガルト」と「マンハイム」であった。

1930年製メルセデス・ベンツ8/38ps「シュツットガルト200」

 ふたつのうち小さい「シュトゥットガルト」は大衆モデルであり、より大きなモデルが「マンハイム」となる。この「シュトゥットガルト」が、いまに続くEクラスの源流であり、一方の「マンハイム」が、Sクラスへと続く高級モデルのルーツといえるだろう。

 そして、1930年代にメルセデス・ベンツは大衆モデルとして、世界初の全輪独立懸架を採用した170シリーズを発表。この170シリーズは、大きな成功をおさめ、なんと第二次世界大戦を挟んで1955年まで生産されることになる。

 モデル末期でさえ、当時のスイスの雑誌には「その性能、謙虚さ、安全性、耐久性、そして何よりも最後に、その美しさという点で、最新のクロムメッキの新型車と比較しても遜色のないクルマではなかろうか」と称賛されたという。つまり、大衆車でありながらも、優れた性能と美しさを持っていたのだ。

 その後、メルセデス・ベンツは170シリーズの後継として、1953年にメルセデス・ベンツ180(W120/W121型)を発表。セミモノコックボディを採用し、フェンダーがボディと一体となった平らなボディサイドを持ち、「ポントン」と呼ばれた。フェンダーを別体にする戦前デザインから離別したエポックメイキング的なモデルだろう。

 1960年代後半にはW114/115型が登場。このW114/115型は「ストローク8」や「コンパクトクラス」などと呼ばれ、商業的に大成功を納め、メルセデス・ベンツ初の100万台以上を販売するモデルとなった。しかし、1976年に登場したW123型は、さらに売れた。エステートを初めて追加したW123型は、270万台以上も売れるヒット作となったのだ。

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