今さら聞けない、「クラシックカー」と「ヴィンテージカー」の違いとは?

最近よく目にする「クラシックカー」や「ヴィンテージカー」という古いクルマを指す言葉。本来の意味も知らずに古いクルマすべてをそう呼んでいる人もいるだろう。しかし、本来は厳格な年代による区別が存在する。そこでVAGUEがわかりやすくレクチャーしよう。

「ミウラ」や「2000GT」は、なんと呼ぶ?

 戦前のクルマはどれも同じに見えてしまう人でも、第二次世界大戦後に登場するクルマなら見分けがつくはずだ。

●1931年−1939年:ポストヴィンテージ・サラブレッド

ポストヴィンテージ:アルファロメオ「8C2900Bルンゴ」

 1930年代を迎えた「ポストヴィンテージ」期には、現代の自動車の中核をなすテクノロジーがおおむね出揃った一方で、エンジンの多気筒化や過給器の一般化、サスペンションの独立懸架化も進行した。

 また、ボディデザインの分野でも「流線型」が全世界的なトレンドとなるなど、スピードに対する飽くなき憧れと探究心が爆発することになった。

 とくにヨーロッパでは、国威発揚のためにモータースポーツが利用されたことから、この時期にはスポーツカーを筆頭に国家間競争の様相を呈するが、第二次世界大戦の勃発によって、自動車の開発も一時中断してしまう。

●代表的モデル
・1937年−1939年:BMW「328」
 全輪独立懸架の先進的なシャシに、性能・効率ともに極めて高度な直列6気筒エンジンを搭載。モータースポーツでも大活躍し、戦後のスポーツカーづくりに多大な影響をもたらした。

・1938年−1939年:アルファ ロメオ「8C2900Bルンゴ」
 第二次大戦前のアルファ ロメオは、現代のフェラーリに相当する超高級スポーツカーだった。この8C2900BもGPカー譲りのスーパーチャージャーつきDOHCエンジンや全輪独立懸架、空力的ボディを持つ逸品。 豪奢なボディを持つ「ルンゴ(ロング)」版ながら、戦後初となった1947年のミッレ・ミリアでは総合優勝も果たした。

●1946年−1959年:ポストウォー・クラシック

ポストウォークラシック:フェラーリ「250GT」

 第二次大戦の終結後に製作されたクルマたちについては、それ以前のモデルほどの厳密な区分けは存在しないが、1959年までのモデルについては「ポストウォー・クラシック」と呼ばれるのが一般的のようだ。

 フェラーリやポルシェ、ロータスなど、現代のスポーツカー界をリードするメイクスが創業したのは、すべてこの時期のことだった。

 この時代には、それまで独立していた前後フェンダーがボディに一体化されるなどのデザイン革新に加えて、大戦中に獲得した航空機技術が自動車にも投入されたことから、より高性能かつ魅力的なクルマたちが登場することになる。

●代表的モデル
・1948年−1963年:ポルシェ「356」
 現代の「911(992シリーズ)」にも継承されたRRレイアウトを持つポルシェ356が誕生したのも、このポストウォー・クラシック時代のことだった。ポルシェ博士が第二次世界大戦前からあたためてきた夢は、世代を超えて通用したことになる。

・1954年−1964年:フェラーリ「250GT」
 現代スポーツカー界の至宝、フェラーリが創業したのは1947年。V型12気筒エンジンを搭載した一連の跳ね馬はいずれも傑作ぞろいだが、とくに1954年に登場した250GTシリーズは、モータースポーツからストリートに至るあらゆる舞台で大成功。フェラーリの名声を全世界に轟かせることになった。

●1960年−:モダン・クラシック(’60s/’70sクラシック)

モダンクラシック:ランボルギーニ「ミウラ」

 われわれ日本のクラシックカーファンにとってもっとも身近な1960年代以降のモデルは、「モダン・クラシック」と称されることが多い。また、1960年代を戦後の自動車にとってもっとも豊穣な時期と見なしたことから、この時期の逸品たちを「’60sヴィンテージ」と呼ぶこともある。

 加えて、近年では1970年代のモデルもクラシックとしての認知を得て「’70sクラシック」という独立した存在と見なされることも多くなった。

 そして、この時期になると欧米車に加えて日本車にも魅力的なモデルが登場するが、その場合はとくに「旧車」という呼称も存在するようだ。

●代表的モデル
・1966年−1972年:ランボルギーニ「ミウラ」
 1963年創業のランボルギーニ社は「元祖スーパーカー」の称号を捧げられたミウラとともに、世界の自動車界のスターダムにのし上がった。

・1967年−1970年:トヨタ「2000GT」
 世界的なスポーツカー競争に日本車が参入したのも、このモダン・クラシック時代。日本代表選手たるトヨタ2000GTは、その性能と美しさで欧米の愛好家たちをも魅了したが、1970年にはわずか337台で生産を終えることになってしまった。

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