【THE CONCEPT】ジウジアーロが描いたストレートなライン、マセラティ「ブーメラン」

1960年代までの流線型で優美なラインだったクルマのデザインに対して、まったく異なる直線基調のウェッジシェイプデザインを採用したジウジアーロ。マセラティ「ブーメラン」は、新しいカーデザインの幕開けを告げる1台だった。

イタルデザイン社のデザイン能力を示す試金石だった

 1950年代までのイタリアン・カロッツェリアは、自らボディ架装までおこなったプロトティーポをモーターショーやコンクール・デレガンスなどに出品し、そこで好評を受けられれば少量生産する「フォーリ・セリエ(特装車)」を、ビジネススタイルの中核に据えていた。

 しかし1960年代も中盤を迎えると、まずは大衆の耳目を集めやすいコンセプトカーの形態でショーに発表することで、自社のデザイン能力を披露。そのコンセプトを大メーカーへのプレゼン素材として活用することで、まずはデザインワークを受注し、デザインエッセンスをより量産向けのモデルに生かす方策が主流となってくる。

 その方法論で最も大きな成功を示したのが、1970-80年代のイタルデザイン・ジウジアーロであろう。そしてその端緒となった記念碑的モデルが、マセラティ「ボーラ」をベースとしたコンセプトカー「ブーメラン」だ。

1972年のジュネーブ・ショーで走行可能なコンセプトカーとして出展されたマセラティ「ブーメラン」

 マセラティ・ブーメランは、まずは1971年のトリノ・ショーにてモックアップの状態で出品。翌1972年のジュネーブ・ショーでは、マセラティ・ボーラのコンポーネンツを組み込んだ実走可能なプロトティーポとして再びのレビューを果たし、圧倒的なまでの注目を浴びることになった。

 当時のイタルデザイン社が発表したリリースでは、1971年に発表されたボーラと同じく4719㏄のV型8気筒4カムシャフトエンジンをリアミッドに搭載。「マキシマムスピード300km/h以上」を標榜するも、最高速のスペックは、オプティミスティックに過ぎると評されていたようだ。

 しかしブーメランに課せられた最も重要なタスクは、この時代におけるイタルデザイン社のデザイン能力を示すことであった。

●現在でも実現化していない斬新すぎるインテリア

 インテリアに目を移すと、いわゆるインスツルメントパネルを廃し、ステアリングホイールと一体化したメーターナセルに驚かされることになろう。すべての計器と灯火類のコントロール、ウィンカーレバーをはじめとした主要スイッチが、ステアリングのコラムに集中配置されているのだ。
 
 中央に大径のタコメーターを置き、その周囲の上半分には左から燃料、油圧、水温、油温、電圧の各計器が円弧を描く。その一方で下半分にはスイッチ類が並び、左右対称の美しさを見せる。
 
 スタイリストのジョルジェット・ジウジアーロは、この特徴的なステアリングについて、センターの部分は当時まだ開発途上にあったエアバッグを格納するためのスペースを作るアイデアのひとつだったと発言、伝えられている。
 
 しかし、これほどにアヴァンギャルドなデザインゆえに、現時点でも生産車に生かされていないが、それでもスイッチ類をステアリング周辺に置くアイデアは、のちにジウジアーロ自身が「アッソ・ディ・フィオーリ(いすゞピアッツァの試作モデル)」の「サテライトスイッチ」として実用化させることになった。

メーターナセルがステアリングホイールと一体化している斬新なコクピット
Gallery:【画像】マセラティ「ブーメラン」を現在の姿と見比べる