ModenArt_モデナの自動車文化を支えてきた「叩く男たち」【イタリア通信】

「ModenArt」というカロッツェリアの職人たちにスポットを当てた作品展が、スーパーカーの聖地であるモデナで2019年10月に開催された。開催場所は、モデナ市の中央にあるサン・カルロ教会。「モデナ」と「アート」の造語であるこの作品展では、名門カロッツェリアで働いていた板金職人の作品と技を見ることができた。

イタリアの珠玉の名車を生み出してきた男たちの半生

 モデナといえば、フェラーリやマセラティの本社がある場所だ。そして少し離れてランボルギーニ、パガーニなどなど、と錚々たるスーパーカーメーカーが集まっている。

 戦後の1950年代、当時モデナの街中にはサーキットがあり、街には走り屋のカーガイや美しいレーシングカーがいたるところで群れをなし、常にエンジン音がどこからともなく聞こえていたという。
 
 アメリカやニュージーランド、南米から、そしてもちろんヨーロッパからも夢追い人たちがモデナにやって来た。あちこちでクルマ談義がおこなわれ、その中には後にスーパーカーメーカーを作るアルゼンチン人のデ・トマソ、後にランボルギーニのテストドライバーとして名を馳せたニュージーランド人、ボブ・ウォーレスもいた。
 
 多くの男たちにとってクルマは、スピードと美しさ、体に響く音、五感を刺激するすべてを持っている魅力的な存在だった。

モデナ市の中央にあるサン・カルロ教会でおこなわれた「ModenArt」

●縁の下の力持ち 板金職人

 こうしたモデナでクルマ業界を支えていたのが、実はカロッツェリアの板金職人たちだ。
 
 現在、コレクターアイテムとして天井知らずの価格で取引されているクラシックカーの多くは、当時レース参戦のために作られたものだ。レース前はもちろん、レース中やレース後も、トンカン、トンカンと四六時中モデナの街の工房でボディを叩く音が聞こえていたという。

Ferrari 250 GTO(1964)のワイヤーフレームの型

 何千回、何万回と叩かれていくうちに、自然と美しいプロポーションが金属のボディに染み込んでいったのだろう。
 
 半世紀以上にわたって美しいボディを生み出して来た職人たちの腕は、誰にも真似できない経験とセンスが携わっている。そんな彼らが叩き出すクルマはまさに走る芸術作品だ。

 板金職人である知り合いのF氏は、戦後すぐに生まれ、モデナの中心部から20kmほどの田舎で育ったという。戦後、そのあたりの主な産業は農業しかなかった。
 
 そこでF氏が14歳の時、父親に連れられてバスに乗ってモデナの街に仕事を探しに行ったという。親としては息子の将来のことを考えてのことだろう。F氏は、その時にたまたま見つけたカロッツェリアに入門し、それからずっと金属を叩き続けてきた。
 
 モデナにはこのようにして、カロッツリアの世界に入ってきた少年たちが大勢いた。そしてその少年たちが後に、後世に残る数々のクルマを叩き出していったのである。

1700年代の教会の中に、シルバーの個体が舞っている。手前のモニターでは板金過程が映像で流れていた

●企画者ジャン・マルク・ボレル

「ModenArt」企画者ジャン・マルク・ボレルはフランス人。自動車業界の仕事に関わり、モデナの職人たちと仕事を共にしてきた人物だ。そして彼は、いち早くモデナの板金職人たちの技術の高さを、芸術として評価した人物でもある。

 彼は、「モデナで生まれた数多くのスーパーカーは世界中で知られているけれど、誰の手によって作られたかはほとんど知られていない。モデナには歴史に残るクルマを形にして来た『縁の下の力持ちの板金職人たち』がいる、ということを世界中の人に知らせたい、見てもらいたい」と語る。
 
 マルク氏の思いが形となって、板金職人である「叩く男たち」に光を当てたイヴェントが開催された。

●天に舞うシルバーのクルマ

 17世紀に建てられたサン・カルロ教会に入り、先ず目に入ってきたのが、真正面にある大きな宗教絵画に向かって天を舞うようにしている2台のクルマだ。
 
 塗装前の地金が差し込む光に輝いて、不思議な存在感を醸し出していた。その姿があまりにも美しく、絵画と共に音楽を奏でているようだった。バロック装飾の教会の中でクルマたちが歓喜にあふれ、所狭しと飛び回っているようだった。その姿は圧巻という言葉以外見つからない。
 
 板金技術がいかなるものかを伝えるために、金属を叩くための土台となる梁や道具類が飾られ、スクリーンではクルマの製作工程が映像でしっかりと紹介されていた。

写真左がFerrari 250 GTO(1962)、右がFerrari 250 GTOプロト(1961)

●黄金の腕

 50年以上叩き続けてきた黄金の腕の持ち主は、Fernando Baccarini(フェルナンド・バッカリーニ)、Giancarlo Guerra(ジャンカルロ・グエラ)、Afro Gibellini(アフロ・ジベッリーニ)、Oriello Leonardi(オリエッロ・レオナルディ)の4人だ。
 
 彼らはみなカロッツェリア・スカリエッティ出身の職人たち。Ferrari GTOやCalifornia、そしてTestarossaなどは、彼らが叩き出して生まれた作品だ。
 
 この彼らが今回のイベントのために、2年の歳月をかけて叩き出した錚々たるクルマたちが展示された
 
・Ferrari GTOのプロト(1961)
・Ferrari GTO(1962,1964)
・Ferrari 500 mondial
・Ferrari 250 GT Nembo Spider
・Maserati 151/3
・Cobra Daytona

ジャンカルロ・グエラ氏を中心に仲間が集まる。中央のネクタイの男性がジャン・マルク・ボレル氏、左の赤い蝶ネクタイの男性は美術評論家第一人者のフィリッポ・ダヴェリオ氏。写真左がオリエッロ・レオナルディ氏とアフロ・ジベッリーニ氏

●板金職人の仲間

 ModenArt会場には、当時の板金仲間が続々と集まって来た。みなモデナに住む、普通のおじさんのような出で立ちだ。
 
 彼らの腕で、力で、パッションで、世紀に残る作品の数々が世に送り出されてきたのだ。まさに縁の下の力持ちの集団。
 
 製作当時のクルマの写真を見ながら、各々が楽しいエピソードを語っていた。驚くことに、50年以上も昔のことなのに、彼らは細かいところまでよく覚えていた。きっとたくさんの記憶が体にしっかりと刻まれているのだろう。
 
 彼らはみな、かつての仕事への誇りを持ち続け、生き生きと年金暮らしを満喫しているようだ。世界中のオークションで話題を呼ぶクルマの名前を聞く度に、彼らはきっと誇らしく思っているに違いない。「俺たちが叩いて作ったクルマだぞ!」と。

 来場した人たちと話してみると、モデナの住人でさえ、クルマのメーカー名は知っているけれど、そのクルマが出来上がるまでの舞台裏までは知らないという人が多かった。この新たなModenArtという作品展によって、「モデナの板金職人」の存在は、しっかりとモデナに、そして世界中にと語り継がれていくことだろう。

 黄金の腕を持つモデナの板金職人たちに感謝。

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