スーパーカー新時代を築いたマクラーレン「F1」とブガッティ「EB110」は、ハイパーカーの予言だった

1970年代の第一次スーパーカーブームの洗礼を受けた少年は、バブル時代の投資目的となった第二次スーパーカーブームを経験し、スーパーカー百花繚乱といった第三次スーパーカーブームを経験することになる。スーパーカー大王こと山崎元裕氏による、スーパーカーブームの歴史解説はいよいよ今回がラスト。スーパーカーはさらに高みを目指したハイパーカーへと時代は変わっていく。

少量生産または誰もが運転できるなど、スーパーカーは多彩なビジネスモデルを構築していった

 マクラーレンF1の存在を見て、あるいはその車両価格である100万ドル(約1億円)というプライスに刺激されたわけではないのだろうが、ここからさまざまな新しいスーパーカー・プロジェクトがライバルメーカーで立ち上がっていく。

 開発のスタート時期がほぼ同じならば、発表のタイミングもさほど大きく前後することはない。それが集中したのは2003年という年だった。

ケン・オクヤマ(奥山清行)氏が、ピニンファリーナ時代にデザインしたことでも有名になったエンツォ フェラーリ

 2003年、それは1990年代から現在にまで続く、第三次スーパーカー・ブームがひとつの起点を迎えた年と評してもよいだろう。

 フェラーリはその前年、2002年に創業者の名を掲げた「エンツォ・フェラーリ」を399台の限定車として発表。

 フェラーリの限定車戦略は、その後もワンオフモデル以外に「ラ フェラーリ」や、新たにイーコナ・シリーズとネーミングされた、さらに生産台数の少ないモデル(ファーストモデルは500台未満の「モンツァSP1&SP2」)へとつながっていく。

 魅力的な製品を少量生産する手法は、今後プレミアム・ブランドがそのバリューを保つうえで重要な戦略となった。

 ランボルギーニにとって久々のスモールモデル、V10エンジンを搭載した「ガヤルド」や、ポルシェのスーパーモデル「カレラGT」がともにデビューを飾ったのも、2003年のジュネーブ・ショーだった。

 ランボルギーニはその先、12気筒モデルを「アヴェンタドール」に、10気筒モデルを「ウラカン」にフルモデルチェンジしたほか、「SUV」のウルスをラインナップに加えて万全の体制を確立した。

 ポルシェも伝統の「911」を着実に進化させたほか、カレラGTの後継車として「918スパイダー」を生み出している。

 かつてとは比較にならないほどの速さで、続々と市場へと投じられてくるスーパーカーは、普段乗りできる気軽さが受け入れられ、販売台数も右肩上がりとなる。

 そうなると、さらにそれを超越する存在として、ハイパーカーと呼ばれるジャンルまで確立されるに至った。より速く、より美しく、そしてより生産台数が限られた高価なハイパーカー。

 ハイパーカーはいま、世界のハイパーリッチにとって見逃せない、何よりも魅力的な趣味の対象となった。

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