カウンタック派? それともBB派?スーパーカーブームのはじまりはロータス「ヨーロッパ」

いまから40年ほどむかし、日本中の少年たちを熱狂させた「スーパーカーブーム」とは一体何だったのか。スーパーカー大王こと山崎元裕氏が、日本におけるスーパーカーブームについて、3回に分けて解説する。

すべては、『サーキットの狼』からはじまった

 日本におけるスーパーカーブームは、おおむね3つの世代に分けることができる。

 ひとつは1970年代中盤に巻き起こった第一次ブームで、そのブームを支えたのは、スーパーカーはおろか、クルマを運転することなどできない少年達だった。

スーパーカー・ショーでの主役であったロータス・ヨーロッパ・スペシャル

 第一次スーパーカーブームを巻き起こした原動力となったのは、1975年に週刊少年ジャンプで連載が始まった、池沢さとし氏(現・池沢早人師氏)による『サーキットの狼』で間違いない。

 その主役である風吹裕矢が駆るロータス「ヨーロッパ」が、当時のスーパーカーと公道上や、あるいはサーキットで戦いを挑むところに始まり、風吹裕矢もライバルもマシンをグレードアップするなかで、世界のスーパーカーが続々とレースの世界に登場するという内容だった。

 ブームの頂点は1976年から1977年にかけてで、『サーキットの狼』のストーリーが、公道レースから、徐々にスーパーカーの登場しないリアルなレースへと変化してくると、それも理由のひとつになったのだろう、第一次スーパーカーブームは静かにその幕を下ろしたのであった。

 第一次スーパーカー・ブームで人気となったモデルは、どれもそのファースト・コンタクトから全身を打ち抜かれるような美しさ、というよりもカッコ良さを感じさせてくれた。

 多くの少年にとって、『サーキットの狼』でその存在を知り、雑誌やTV番組でさらにそのカッコ良さに打ちのめされ、運が良ければスーパーカー・ショーが自分の地元に回ってくるという、そのわずかなチャンスに一喜一憂し、少年達は生のスーパーカーとコンタクトするという夢を追い続けたのだ。

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