Oh!モーレツ~、猛烈ダッシュしそうなピニンファリーナ製コンセプトカーって?

フェラーリのデザインで有名なピニンファリーナが、フィアット・アバルトのレーシングマシンをベースにつくった、公道を走るコンセプトカーは、1960年代から見た未来のスーパーカーの姿だった。

開閉式ウィンドシールドという斬新な乗降方法とは

 フィアット・アバルト2000スコルピオーネのデザインワークを担当したスタイリストは、この時代にピニンファリーナに在籍していたフィリッポ・サピーノである。

 彼は1960年に、同じトリノのカロッツェリア・ギアにて自動車デザイナーとしての経歴をスタートした。いすゞフローリアンの原案などを手掛けたのち、1967年にピニンファリーナに移籍。

 このアバルト2000スコルピオーネのほかには、同じく開閉式ウィンドシールドがドアを兼ねるスタイルの「フェラーリ512Sプロトティーポ」のデザインを担当したことでも知られている。

長くシャープなフロントノーズ、前方に大きく開くフロントウィンドウ一体式のルーフ、リアから眺めればむき出しのエンジンなど、非常に斬新なデザインで構成

 しかし、この2台が発表されたのと同じ1969年には、北米フォードのデザインセンターに移籍。さらにフォードの傘下に収まったばかりのカロッツェリア・ギアのチーフスタイリストとなり、1973年には古巣に錦を飾るかたちでギアのゼネラルマネージャー、つまり実質的なトップに就任した。

 1960年代から1970年代に創られたコンセプトカーの多くが解体・廃棄されるなか、イタリアのカロッツェリアが製作したものについては、比較的残存数が多いことで知られる。

 しかし、当然ながらそれらの多くは、制作時にプロジェクトを主導した自動車メーカーが所蔵しているか、カロッツェリアないしはメーカーと密接な関係にある愛好家に譲渡される事例が多い。

 このアバルト2000スコルピオーネも、さるコレクターに比較的早い時期に譲られていたのだが、私たち日本のファンにとって幸運だったのは、そのコレクターが日本人だったことである。

 1960年代からアバルトやピニンファリーナの「友人」として親しく交流し、今なお双方に確たるコネクションを持つK氏が入手。彼が1990年代、山梨県の山中湖近くに開設し、一時は一般公開もされていたプライベートギャラリーでは、この素晴らしいコンセプトカーが堂々とセンターに展示されていたのだ。

 1990年代中盤、このギャラリーに通い詰めていた筆者も、しばしばこの美しい姿に見惚れていたことを昨日のように思い出す。

 また、世界最高レベルのセンスと審美眼をもって完璧を求めるK氏のもと、ピニンファリーナで製作されたときのコンディションを保ったまま、北イタリアのコモ湖畔チェルノッビオのクラシックホテル「ヴィラ・デステ」で、毎年春に開催される世界最高の格式を誇るコンクール・デレガンス「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」の2014年版にて、「クラスF:フォーリセリエ」カテゴリーにエントリー。会場に詰めかけた自動車界のセレブレティたちはもちろん、のちの報道で見た世界中のエンスージアストを刮目・驚嘆させることになる。

Gallery:【画像】1960年代の最新モードをまとったピニンファリーナの作品を見てみよう!(9枚)