トヨタ「2000GT」は1億円を超えるか!? 日本の誇りであるGTに世界が注目!

映画『007』シリーズの劇中車として、はじめて採用された日本車であるトヨタ「2000GT」は、いまや世界のコレクターが注目するクラシックカーである。そこで、トヨタ2000GTがどのようなクルマであったのかを振り返りつつ、2020年10月のオークションにかけられる要注目のトヨタ2000GTを紹介しよう。

トヨタ2000GTは、日本人の誇りだ!

 トヨタ2000GTがオフィシャル・デビューを飾ったのは、1965年秋に開催された東京モーターショーでのことだった。2000GTは紛れもなく、その年の東京モーターショーの華だったが、実際のセールスが開始されたのは2年後の1967年になってからの話である。

輸出用トヨタ2000GTは、トータルで102台が生産された(C)2019 Courtesy of RM Sotheby’s

 この間トヨタは、ヤマハの全面的な協力を得て(また逆の立場からはヤマハは、トヨタの全面的な協力を得て)、2000GTの改良と熟成を図るとともに、レースや速度記録などさまざまなイベントに挑戦した。

 2000GTとコンパクトな「スポーツ800」による1960年代半ばのトヨタの常勝パターンは、ファンを歓喜させるとともに、オンロードへと2000GTが導かれる日を大いに待ち望ませたのである。

 1967年、その日はようやく訪れる。長いフロントノーズのなかにインストールされたエンジンは、当時のクラウンが搭載していた1998ccのM型直列6気筒SOHCを、DOHCに改良したもの。

 ヘッドもアルミニウム合金製となるなどその改良範囲には非常に幅広いものだった。最高出力は150ps。アルミニウム製のオイルクーラーを備えるなど、走りへの準備は万全だった。

 組み合わせられるギアボックスは5速MT。駆動輪はもちろん後輪で、このシステムによって0−100km/h加速は10.5秒、また最高速は220km/hを記録したという。当時ではいずれも驚愕のスペックといえる数字である。

 ちなみにその価格も同様に驚くべきもので、新車価格は238万円。これは当時のクラウンが2台購入できる価格に相当していた。

 セールスの開始から約2年後にはマイナーチェンジも実施され、フロントの灯火類やリアサイドリフレクター、インストゥルメントパネルのデザイン、クーラーの装備、そして3速AT仕様の追加設定もおこなわれた。

 生産終了までの生産台数は、このマイナーチェンジを期に前期、後期と分けるのならば、国内向けが前期型で110台、後期型で108台。輸出用がトータルで102台。実験車などの特殊用途車が14台など。ほかにもテスト用プロトタイプや2253ccエンジン搭載車などもある。

 トヨタ2000GT。それは我々日本人が、最も世界に誇るべき魅力を秘めた一台ではないか。この日本の誇りに、これからも世界の視線が集まることを望んで止まない。

 今回オークションに登場した2000GTは、北米向けに輸出された62台の左ハンドル仕様のうちの1台で、1967年式の前期モデルだ。

 30年以上、最初のオーナーが大切に所有しており、アメリカで有名なレーサーであったオット・リントン氏が所有していた時期もある。

 ホワイトやシルバーのボディカラーのトヨタ2000GTは多いが、オリジナルカラーであるソーラーレッドの個体はなかなかお目にかかることも少ない。2020年10月23日、24日に開催予定の「THE ELKHART COLLECTION」でのハンマープライスが今から楽しみである。

Gallery:【画像】意外と知らないトヨタ2000GTのディテールをたっぷり堪能する!(35枚)